カセレリア 号外第24号

2001.2.1(From bulletin of NGO-FOM)
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  1. カセレリア24号(FOM代表挨拶)
  2. 「訃報 中松範雄さん」
  3. ミクロネシア連邦訪問予定5月中旬
  4. 「シドニーオリンピック初参加」
  5. 「ミクロネシア初オリンピック選手 エリアス・ロドリゲス氏の手紙」
    NHK−TV 新アジア発見 2000/10/15 on airでも取り上げられました。 NHKのホームページへ

会員各位殿 カセレリア24号

20世紀の最後の年が去りゆき、21世紀を迎えました。
会員の皆様には、あらためて“新世紀明けましておめでとうございます"とご挨拶申し上げます。

過ぎし2000年は、私達の国の内外にあっても予期し得なかったことが次々と頻発し、暗いニュースも多々ありましたがここではすべて割愛し、フレンズ・オブ・ミクロネシアに関することをお知らせします。

FOM代表 本吉義宏

「訃報 中松範雄さん」

まずFOMの会員でポナペ(POHNPEI)を一度でも訪問された方は皆さんご存知の、そして船で海に出たり、バスでPATS等に連れていってくれたり、一緒に会食したり、とても親しくお世話になった中松範雄さんが亡くなられたことをお知らせしなければなりません。

中松さんは、以前南洋貿易株式会社に勤めておられ、私と同年の昭和7年生まれ、故コスチガン神父が来日されると、お互いに電話連絡で神父の東京・神戸での滞在や移動の世話をしました。したがって、電話の声では20年からの付き合いでした。

私達がFOMを結成した後、初めてポナペを訪問したほぼ同じ頃、中松さんは南洋貿易を退社され、奥様と二人でNBK(FSM)を設立されました。1999年の暮れ、例年のように二人で帰国されて健康診断を受けられた結果、白血病であることが判明し、幾度かの手術の甲斐もなく5月には奥様に看取られご逝去されました。

その後、奥様は2000年10月にポナペ永住を決意され、現地でPCRというレストランホテルを経営している日系の秋永さんご一家と近接した所に家を建て、ポナペで新しい生活を元気に送られることになりました。


ミクロネシア連邦訪問予定5月中旬

2000年10月29日から11月3日迄、短期間でしたが、前回コレラ発生で訪問できなかったポナペを会員上川庄二郎氏と二人だけで訪問しました。いつものコンチネンタル航空のフライト・スケジュールが1O月に入る迄決定せず、会員の皆様に御連絡もできず申し訳ありませんでした。

次回はPATSの卒業式等に参加出来るように5月中旬以降一週間の予定で現地にまいります。費用は、航空券、ホテル代含めて12〜13万円程度の予定です。
参加ご希望の方は事務局に3月末までにお申し出下されば正確なことをお知らせできます。


「シドニーオリンピック初参加」

テレビでご覧になられた方もあると思いますが、2000年のシドニーオリンピックにはミクロネシア連邦の選手が初めて参加し、男子マラソンにただ一人参加したエリアス選手は、参加選手総数100人で、途中リタイアが続出した中で81着の最下位ながら完走して、観客の惜しみない拍手を受けました。

彼はすでに30も半ばを過ぎ、今回が初めてで最後のオリンピック出場でしたが、自分の国のスポーツ振興に一生を捧げる決意を固め、自国の官民が一体となるオリンピック選手育成のためのスポーツクラブを結成する準備に入っています。この件についてはFOMも協力して欲しいとの依頼がありましたので、出来得る限りの支援活動を始めたいと考えています。

ご本人(エリアス氏)の手紙をこの後、続けさせていただきます。

NHK−TV 新アジア発見 2000/10/15 on airでも取り上げられました。 NHKのホームページへ


「ミクロネシア代表 シドニーオリンピックマラソン選手
エリアス・ロドリゲス氏の手紙」

親愛なる本吉様とフレンズ・オブ・ミクロネシアの皆様へ

私の両親は、私が1才のときに離婚しましたので、私は祖母に育てられました。学校にも行かせてもらい、そしていろいろなスポーツに親しみました。17才のとき陸上競技と出会い走る楽しさを知りました。外国人が走っているのを見ると一緒に走ったりして、とにかく走るのが楽しい頃でした。

さらに私は走り続けたのですが、コーチも先輩もいない孤独な練習でした。が、1990年サイパン島での大会の出場のチャンスを得ました。長距離・短距離あわせて金メダル4個、銀メダル1個を取りました。更に練習を重ね、1994年グワム島の大会で、金メダル3個、銀メダル2個を取り、ポナペにエリアスありといわれるようになりました。更に私は走り続けました。

そして、4年前の1996年にミクロネシア連邦がIOCに加盟しました。その頃から私も世界のオリンピックヘの出場を夢見るようになりました。そして、とうとう2000年のシドニーオリンピックに招待出場できることになりました。ミクロネシア連邦から5人の代表選手が選ばれ、私もその中に入りました。

私はその時最年長の36才でした。種目はマラソン。「42.195キロを完走する」それが目標です。今の世界のレベルは2時間7分。私の今までの記録は2時間40分といっても、これは20才台の記録です。今の私の記録は3時間10分です。マラソンは最終日のため、閉会式の準備の都合上3時間でゲートがしまってしまいます。

待ちに待った当日です。何とか3時間以内で走ってスタジアムの中を走りたい。それでこそ本当のオリンピックなのだと思いながら走りました。「完走しよう」これだけが私を支えました。
スタジアムが見えてきたときには、遠くから拍手や歓声が聞こえてきました。時計を見ると3時間を過ぎていました。でも、スタジアムは私を待っていてくれたのです。とうとう7万5千人の大歓声の中に私は足を踏み入れることができたのです。あの感動を一生忘れることはないでしょう。(後で聞くと100人中19人がゴールを踏めなかったそうです。)

私は、このすばらしい体験を、次の世代に伝えたいと思っています。1年ほど前から一人の青年にアドバイスしながらマラソンの基礎を教えています。スポーツを通して、若者たちに楽しさや感動することを知って欲しいと思います。そのためにも体育協会の設立の必要性を感じ、今その準備に走り回っています。
今、いろいろな方たちに御協力をお願いしています。私のこの夢の実現のためにミクロネシアだけでなく、日本の皆様にも御協力願えれば大変有り難く嬉しく思います。どうぞ暖かい御支援をお願いします。

神に深く感謝し、皆様の健康と幸福をお祈りしています。

エリアスロドリゲス

*英文で書かれた文をポナペ在住の秋永方子(まさこ)さんに翻訳いただきました。

FOM連絡先


フレンズ・オブ・ミクロネシア(F.O.M.)
〒651‐0011神戸市中央区下山手通2−13−10
聯合ビル4階
(株)モトズ・工ンタープライズ内
電話:078−332−3151 FAX:078−327−4818
E−Mail Address
MOTOSENT@po.infosphere.or.jp
代表
本吉 義宏


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