カセレリア 号外第17号

1997.6.20(From bulletin of NGO-FOM)

  1. カセレリア17号 FOM代表挨拶
  2. 通信技術支援ボランティア(辻真一・治美夫妻)
  3. 不足している消防自動車と写真集「ミクロネシアの自然と文化」
  4. フレンズ・オブ・ミクロネシアの家
  5. ミクロネシア連邦大使館の現一等書記官「ニッポン人への直言」

会員各位殿 カセレリア17号 FOM代表 本吉義宏

 激しい風雨をもたらした台風7号も今は東海、関東地方に向かって去り行きこの事務所の窓外に広がる神戸の市街、大阪湾、そしてその彼方の生駒の山々の上を走る雲、すべての眺望が「洗われたような」としか表現出来ない新鮮な美しさです。 5月21日に出発して、5月29日に帰国する迄の9日間のミクロネシア訪間の独り旅は、PATSの卒業式に参加、その午後に開かれた理事会にも出席しましたが、朝食から夕食迄、常に訪問客と共に過ごした多忙かつ充実した日々でした。

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カトリック通信の技術支援ボランティア−辻真一・治美夫妻

 前号(16号)で触れましたが、ミクロネシアのCATHOLIC MEDIA(カトリック通信)の技術支援を続けるために、京都の会員、辻真一さんが4月に結婚式を挙げたばかりの新妻、治美さんと共にポナペ島コロニアにある学校の2階のアパートを借りて住み、現地の要望がある限りそこに留まってボランティア生活をする覚悟で、5月9日に出発されました。
(亡くなった海津洋一さんの目指した仕事のあとを継ぐために)。
 小生が現地滞在中は御二人共、行動を共にし、丁度、会議で帰国しておられたMASAO NAKAYAMA駐日大使、JAMES A,NAICHI公使をはじめ、小生の多くの知人、友人を紹介しました。
 辻夫妻が希望されて現地に1年以上も滞在するためには出身地の警察の証明(POLICE CLEARANCE)とか、いろいろな問題があり、加えて、2001年で終わるUSAの経済援助に対する対応もまだ確立されていない現況で連邦政府、州政府のリストラもはじまり、あらゆる面での経済的に苦しい環境が増えつつあります。
 この様な時期、新たにボランティア生活をはじめる事は大変苦しい事ですが、ミクロネシアのために、私達の会も一層の支援、努力を増大せねばと思います。

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不足している消防自動車と写真集「ミクロネシアの自然と文化」

 次に会員の皆様に新会員、上川庄二郎氏を御紹介します。上川氏はあの神戸大震災の時の神戸市消防局長で、大きな苦労をされた後、停年で退職、現在は、神戸市立青少年科学館長の任についておられます。
 氏が退職後、俳人である御婦人と共に二度に亘りミクロネシアの島々をオセアニアグレイス号という巡航船で周遊されて、ミクロネシアの自然と文化にひかれ、そし日本との関わりの歴史を学ばれ、現地(ポナペ)に既に10年間生活して居られる中松夫人(会員で現地に既に行かれた方々はよく御存知の方です)と高校時代の同窓同級であったと言う因縁もあり、入会していただきました。
 ミクロネシア連邦の中山大使とナイチ公使が来神された時には、小生と共に晩餐を共にしましたが、その席で依頼のあった、ミクロネシア連邦の島々で不可欠でありながら不足している消防自動車を、西宮市消防局から西宮ライオンズクラブの御協力を得て、2台(これは既にトラック島一現チューク州に向けて船積完了)。あと3台は神戸市の消防局から入手する事が出来るそうです。
 問題があったのはこの消防車の現地への運賃が1台に付きUS$6,000.−(約¥700,000)掛かった事です。
 はじめの2台分は小生が取りあえず、個人で用意しましたが、残りの3台分については、上川氏が今回、自費出版される写真集「ミクロネシアの自然と文化 ポナペ、トラック、パラオ−THE HEART OF MICRONESIAN CHARM−」1000冊をこの会に無償提供いただき、更に、自分が配布される友人や各団体にも事情説明の上、御協力いただく事になっています。
 今回この会報と共に皆様にも1冊づつお送りしました。もし御友人の方々に呼びかけて、更に御協力いただければさいわいです。勿論、現地で消防車を受け取られるミクロネシア連邦の州政府にも、東京の大使館を経て船積経費について御相談しております。

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フレンズ・オブ・ミクロネシアの家

 次に前号でお伝えしました、故ロレンソ・イオアニス副司祭からの遺言で、いただいた土地にフレンズ・オブ・ミクロネシアの家を建てる件については、会員の皆様がポナペ訪間の際の宿泊、休養施設として、又、現地食を楽しみ、現地の人々との交流の場として是非、実現したいと考えております。
 幸いこの事務所の階に建築設計事務所を持っておられる、平賀久生会員が無償で設計を御引き受けくださり、宮崎県高千穂在住の、中尾繋男会員が特許を持ち、製作拡販して来られた「積木の家」で壁面等を施工するという事で、未だ予算は全然有りませんが、「夢をまず持たねばその実現は無い」の言葉を胸にしっかりと抱き、実現への一歩を踏み出しました。その第一案、及び今回撮った現場の写真のコピーを同封しました。共に夢をわかちあいましょう!

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ミクロネシア連邦大使館の現一等書記官「ニッポン人への直言」

 この会の発足当時から親しく御理解をいただいたミクロネシア連邦大使館の現一等書記官〈東海大学卒)ジョン・フリッツ氏(写真左)の一文「ニッポン人への直言」が週刊現代の97年6月14日号に紹介されましたので同文を掲載します。どうぞ御読み下さい。
The 1st secretary of FSM, Mr John Fritz(left)

●ニッポン人への直言(週間現代・97,6,14号より)

 私のおじさんは相沢進という日本人ですが、少し年配の方なら、思い出していただけるでしょう。そう、往年の毎日オリオンズ(現千葉ロッテ)のエースとして終戦直後に活躍した、あの相沢投手です。
 おじさんは、引退後、かつて住んだミクロネシアに戻り、トゥルクという島の首長になりました。そして、太平洋の島々の野球大会であるミクロネシア・ゲームを開催するなど、現地で野球の普及に努めました。
 ミクロネシアに最初に野球をもたらしたのは、戦前の日本人です。30年以上、日本統治時代が続いたミクロネシアでは、いまでも人口11万人のうち約20%が日系人で、日本の影響を強く受けています。
 1986年にアメリカから独立した時に、初代大統領になったのも、トシオ・ナカヤマという日系人でした。日本人はわが国に来て、道路や学校を作りましたが、同時に野球という、かけがえのない文化をも根付かせたのです。
 最近、「読売光と愛の事業団」の好意で、わが国の野球少年にバットやグラブがプレゼントされることが決まりました。と同時に、来年は「松井秀喜杯」と銘打った野球大会を開催しようという動きも出てきています。
 グアムやサイパンに近いミクロネシアですが、単なる観光リゾートではなく、日本にも勝てるくらいの野球大国にしたいと、私は考えています。日本の野球愛好者の皆さん、ぜひミクロネシアヘ来てください。そして、野球を通じた国際交流を図ろうではありませんか。
(ミクロネシア連邦大使館1等書記官 ジョン・フリッツ)

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FOM連絡先

フレンズ・オブ・ミクロネシア(F.O.M.)
〒651‐0011神戸市中央区下山手通2−13−10
聯合ビル4階
(株)モトズ・工ンタープライズ内
電話:078−332−3151 FAX:078−327−4818
E-Mail address:MOTOSENT@po.infosphere.or.jp
代表:本吉 義宏

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