また明日...


 幾つもの季節を越えた長い長い夢から覚めた時、目の前で待ち受けていたのは、冷酷な現実だっ
た。夢のような日々、それは本当の「夢」だったのだ。
 けれども、写真を撮り続けてきたのは此処に辿り着くためだった、と彼女は言う。

 彼女の中に存在していたもうひとりの彼女は、やがて姿を消してゆく。昨日が過ぎて今日が始ま
り、今日が終わって明日が訪れる。たとえそれを望まなくても繰り返し明日はやって来る。何の意
味も持たない時間たち。ただ機械のように動き回る肉体。削り取られた心の壁。宙に浮いた様々な
記憶。深い眠りの底で、何も感じないままに沈んでいられたらいい、と彼女は願う。

 最後の意思を繋ぎ止めていた薄氷のようなガラスが崩れ落ちた後、アニー・リードはまるで麻薬
中毒者のように虚ろな瞳で、あてもない手紙を書き始めていた。それは悔恨でも、悲愴でも、祈り
でも、宣誓でも、開放でもなく、漠然とした現実世界で、唯一、生命力が作用した儚い歩みの布石
だった。


 「親愛なるソウルメイツに

  嵐の中、度々、我が家を訪れてくださったことを心から感謝します。
  彼女との親交は、心の財産でした。それぞれの思いを共有出来た日々は何物にも代え難かった
 のです。いつかあなたに話したことかもしれません。
  私は今、雨上がりの光景を目に焼きつけて、荷物をまとめているところです。夜明けが遠いう
 ちに、旅に出ようと思います。彼女が最期まで愛して止まなかった地へ。それからホーボーへ。
 しばらくは戻ってこれないでしょう・・・」


 結びの言葉を見失ったまま、アニー・リードは呼吸をする。春風の中で小さく凍えながら。やが
てこんな日々があったことさえ忘れてしまうのだろう。最初から何もかもを悟るべきだったのに。
それは救いの波の音が聞こえていたあの夜でも決して遅くはなかったのに。

 " You don't have to worry. It's time to say good-bye. "

 いつしか頬を伝う涙を拭うこともなく、彼女はペンをそっと置いた。



                                     2000年 春
                                       Esme



                                Back