The River Of Dreams


 真夜中になると、ジェニーは深い眠りにつく。深い夢の中で、探し続ける。さまよい続ける。彼
女の「青い大きな海」をめざして。
 
 子供の頃、父親に手を引かれ、町外れにある小高い丘まで散歩をした。その丘から見下ろす故郷
の町並みは、くすんだ茶色の砂塵に煙って、どことなくもの悲しかった。かつては鉄工業で栄えた
町もすでに時代の波に乗り遅れて久しく、冷えた大地にはコンクリートの墓碑のように、閉鎖され
たいくつもの工場が無表情に点在していた。そんな廃墟もジェニーたちにとって時には格好の遊び
場となったが、たった1本、細い黒煙が立ちのぼる煙突を持つ工場には何故か近づけなかったのを
憶えている。
 町には大きな川が流れていた。川の水はいつも澄んでひんやりと心地よかった。ジェニーは一度
だけ、その川の生まれる場所を見たくなって川岸を歩き続けたことがある。12歳のときだ。2時
間歩いても3時間歩いても、ほんの少しだけ川幅が狭くなるだけで、その場所を突き止めることは
出来なかった。聖なる水が何処から流れ、何処へ流れ着くのか、ジェニーにははかり知れなかった。
初夏の空にモズが鳴いていた。きっとあのモズたちは答を知っていたのだろう。
 ジェニーがハイスクールに入る頃、遠い地では激しい戦いが繰り広げられていた。ジェニーの親
友の兄は戦地へ送られ、二度と故郷の地を踏むことがなかった。大きな川の向こうの、遙か彼方の
草原で次々と倒れていく若者たち。夜空には満天の星々がきらめき、美しい緑の大地にはミサイル
が降り注ぐ。何百年も前から川はきっとその姿を変えることなく、繰り返される愚かな行為を見つ
めていたのだろう。
 ある年の夏、ジェニーはイギリス人の青年と恋に落ちた。彼は若い頃航海士だった父親の旅の話
を、あたかも自身の航海であったかのように青い瞳をきらきらと輝かせて、一晩中でもジェニーに
語って聞かせた。音の無い真夜中、深い藍色の空と海の間を滑るように進む船の甲板から、はるか
遠くに赤い火を吹き出す火山群を見たこと。人類が初めて月に着陸しようとしていた夜、二人の天
使が光を導くかのように雲を払い、やがて姿を現した満月が白い光を放っていたこと・・・耳を傾
けているうちに、ジェニーまでもが自分の航海のように感じるのだった。

 何人かの友人を失い、またいくつかも新しい出会いに触れ、ジェニーは大人になった。そして、
海にそう遠くない街で暮らしている。それでもジェニーは探し続ける。彼女の「青い大きな海」、
そこに大人になって失ってしまった神聖なものがあるような気がして、さまよい続ける。

「僕らの終点は大きな海 僕らの始まりは小さなせせらぎ そうして 僕らはみんな 夢の川に運
 ばれていくのだ 夜の静寂の中を」
   We all end in the ocean
   We all start in the streams
   We're all carried along
   By the river of dreams
   In the middle of the night

                                     1995年 春
                                       Esme



                                         
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