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『痕』

 孫権はみずから酒の酌をしてまわり、周泰の前までくると、周泰に命じて上衣を脱がせ、
孫権はその傷あとを指さしながら、どのようにしてその傷を受けたのかと尋ね、周泰は、
ひとつひとつ昔の戦いを思い出しつつ、答えた。(三国志 周泰伝より)


「どうだ幼平、宴は楽しんでおるか」
「はっ、お心遣い痛み入ります、主公」
「うむ、酒は足りておるか?」
「はい、十分に頂いております」
「そうか、どんどん呑んでくれ」
「ははっ」
「ときに幼平、配下の者どもがそなたの指揮に従わんそうだが」
「申し訳ございません、それがしの不徳の致すところ」
「何を申すか、そなたに何の落ち度があるというのじゃ」
「しかし」
「ふむ、よし幼平、衣を脱げ」
「は?こ、此処で、でございますか?」
「そうじゃ、早く脱がんか」
「な、何をなさるおつもりで」
「うむ、儂がどれほどそなたを大切に思っておるか、皆に見せてやるのじゃ」
ってなぜ主公までお脱ぎになるのですかっ!?
「冗談だ」
「…」
「えぇい、涙目になって逃げるな、さっさと脱げ」
「これで宜しゅうございますか」
「いや、それもじゃ」
「畏れながら、主公の御前で肌を晒すような真似は臣として」
「儂が晒せと言うておるのだ」
「これで宜しゅうございますか」
「いや、下もじゃ」
「そ、それだけはお許しを」
「冗談だ」
「…」
「逃げるなと言うに。ふむ、この傷はずいぶん古いのではないか?」
「はい、それは、主公ご幼少のみぎり」
「おお」
「夜警明けで眠っておりましたそれがしの部屋をお訪ねになられました
 主公が、何を寝ておるのだ剣の稽古をするぞと思い切り木刀で」

「…」
「…」
「あー、この大きな傷はいつのものだ?」
「こちらも主公ご幼少のみぎり」
「うむ」
「柿の木に登って実を取ろうとなさいましたので、柿の枝は折れやすいゆえ
 危のうございます、実をお望みならそれがしが取って参りますと」

「登って落ちたか」
「落ちました」
…もう少し緊張感のある話は無いのか
「ええと…この矢傷でしたら、主公の初陣のお供を致しました時に」
「そうそう、そういう話じゃ」
「初めての戦に緊張なさった主公が、弓の狙いを違われてそれがしの背中に」
いやそういう緊張ではなくだな、何というか、こう、命が危なかったとか何とか
十分危なかったのですが
えぇい、宣城での傷はどれじゃ
例えばこれなどはそうですが
これだな、よし。おや、この傷はいったいいつのものだ?
わざとらしゅうございます主公
何か言ったか
いえ何も
「この傷はいつのものかと訊いておる」
「これは宣城にて、山越の襲撃を受けました際のものにございます」
「うむ、あの戦いは儂もはっきりと覚えておる。よくぞ儂の命を救ってくれた、改めて礼を言うぞ」
「勿体ないお言葉にございます」
やっと話が順調に進みだしたな、こちらの傷は何じゃ」
「これもその折の傷でございます」
「全く、あれは恐ろしい出来事だったからな。そなたがおらなんだら儂はどうなっていたか。
 ふむ、ではこの傷は」
「これも宣城にて」
「そうじゃ、そうじゃ。血まみれになって倒れておるのを見たときには、そなたを失ってしまうの
 ではないかと気が気でなかったぞ。それから、ここは」
これも宣城ですが、全部やるんですか
いくつある
十二にございます
そろそろ違うのに行くか、おお、この傷は大きいな」
「これは先ほどの柿の木の」
むむ、どれが済んだかわからぬようになってしもうたではないか。誰か筆を持て、印を付けながらいくぞ」

 このことがあってから、徐盛たちは周泰の指揮に従うようになった。
(三国志 周泰伝より)


「どうだ、皆そなたを敬うようになったであろう」
どちらかというと同情されているような気がするのですが
何か言ったか
いえ何も

<終>

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勢いだけで書いてますねしかし。
自分で書いてても周泰を気の毒だと思いますが、とても楽しゅ
うございました…。皆様にも楽しんで頂けたら良いのですが。
引用は、ちくま学芸文庫「正史 三国志7」からのものです。
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