ユーラシア大陸最西端
2012年8月25日〜9月3日
ゴールデンウィークにユーラシア大陸最南端を踏破。
その勢いに乗って最西端へも行ってしまおう。
2年ぶりの家族旅行というオマケつき。
目次
8/25・バルセロナ到着
8/26・ガウディの世界遺産
8/27・リスボンへ
8/28・ユーラシア大陸最西端
8/29・マドリードとクラシコ
8/30・世界遺産の町トレド
8/31・マドリード最終日
9/01・ロンドンへ
9/02・アビーロード
9/03・帰国
準備
昨年解禁したヨーロッパ旅行。
次にヨーロッパへ行くなら学生時代の卒業旅行で行けなかったスペインだと思っていた。
両親もいつかスペイン旅行をしたいと言っていた。
それならば一緒に行けないかと打診してみると2つ返事でOK。
弟は休みが合わなかったため不参加だが、2年前のニューヨーク以来の家族海外旅行となった。
両親と私とでは休みを取れる期間が違うため、一緒にスペイン入りはするが帰国はバラバラという計画になった。
変則的な航空券の取り方になるためにあまり選択肢は無く、格安とは行かなかったがJALの正規割引航空券を購入。
私の航空券はパリを経由してバルセロナに入り、マドリードからロンドンを経由して帰国する便。
(現在、日本とスペインへの直行便は無い)
バルセロナINのロンドンOUT。
20年前の五輪開催地から入り、今年の五輪開催地から出るのも乙なもの。
ちょうど五輪が終わった後のロンドン、折角なので1泊することにした。
航空券を取得して旅の骨格を考えていたときに思いついた。
スペインまで行くのならポルトガルへ行ってユーラシア大陸最西端へも行けないだろうか。
当初、ユーラシア大陸最西端はそれをメインテーマとして別途行くつもりだった。
しかしスペインとポルトガルは目と鼻の先。
情報を集めると隣国だけあって飛行機・鉄道・バスと様々な交通機関がスペインとポルトガルを結んでいる。
次にユーラシア大陸最西端のためにポルトガルに行くよりは、近くまで来たのだから一緒に行ってしまうつもりになった。
目指すユーラシア大陸最西端はポルトガルの首都リスボンから日帰りで行けるほどの距離。
これならスペインの旅中にポルトガルへ寄っても大丈夫そう。
結果、バルセロナ〜リスボン〜マドリード〜ロンドンと1週間強で3ヶ国4都市を巡る強行日程になった。
バルセロナからリスボンまでは欧州の格安航空会社をネットで予約。
50ユーロ(≒5,000円)強、2時間ほどで国境を越えられる。
リスボンからマドリードまでは夜行列車。
夜行バスも選択肢にあったが、バスよりは鉄道の方が安全そうだし値段も殆ど変わらない。
そして何より夜行列車という響きが良い。
1泊分の宿泊費が浮き、料金も35ユーロ(≒3,500円)強。
安い席なので寝台車ではないが、それは夜行バスでも変わらない。
こちらはスペインの国鉄サイトからネットで予約。
決済のクレジットカードが巧く認証されず、苦労させられた。
しかしネットを見ると同じように苦労した人たちがやり方をネットで細かく指南してくれている。
偉大なる先人と同じように、違うクレジットカードを使って試してみたら無事に予約完了。
外国語だらけのサイトでしっかり予約が完了できるだけで旅のレベルアップを感じられる。
顔も知らない先人たちのネットでの教えは非常に役に立つ。
私のページもネットの片隅で未来の旅人の役に少しでも立つことがあれば嬉しい。
飛行機は0時40分発、つまり金曜日深夜。
金曜日の仕事が不可抗力的なトラブルにより、帰宅時間が遅くなった。
夜通し飛行機に乗り続けて翌朝現地到着から即行動と考えるとシャワーくらいは浴びておきたい。
そんなわけで帰宅後すぐにシャワーを浴びて最後の荷造りを終えたら晩飯を食う時間がなくなっていた。
両親とは羽田空港へ向かうバス停で待ち合わせ。
羽田空港行きの最終バス、車内も道も空いていたので1時間もかからずに空港着、やはり羽田は近くて良い。
飛行機のチェックインを済ませて遅い晩飯。
22時を過ぎていたので開いている店が少なく、だからこそ開いている店はそれなりの客入り。
晩飯を食いつつビールを飲んで出発を待つ、旅前の最も心昂ぶるひととき。
スペインまでの直行便は無く、飛行機はフランスのパリを経由してバルセロナへ向かう。
8月後半とはいえ夏休み、パリ行きの飛行機は満席。
今回は両親と3人なので窓側から通路側までの3席横一列、トイレへ気楽に行けるのは良い。
飛行機は定刻通りに動き出し、離陸後の飛行時間はおよそ12時間5分だという。
深夜の出発だったが離陸後はオツマミとドリンクが出たので早速ビール。
地球の歩き方でこれから行くバルセロナについての予習、これもまた旅前の楽しいひと時。
日本時間だと午前中、欧州時間だと未明という時間帯に機内食。
朝飯的な軽めのメニューだったがここでもビールと共に平らげる。
日本時間13時・パリ時間6時、計11時間25分という飛行時間でパリのシャルル・ド・ゴール空港に到着。
日本とパリおよびスペインの時差はサマータイムで−7時間(サマータイム以外なら−8時間)、以後の時間は現地時間。
パリへ来るのは2001年の卒業旅行以来だが、当時はロンドンから電車でパリ入りしたのでパリの空港は初めて。
朝の6時だというのに太陽は昇っていなくて周囲は暗い。
飛行機を降りてパリで入国審査をする。
欧州ではシェンゲン協定なるものがあり、協定加入国のどこかの国で入国審査をすれば他の国での入国審査は不要ということになっている。
今回はパリから欧州入りしたので、この後で訪れる予定のスペインとポルトガルでの入国審査は不要になる。
パリ到着が6時で、パリからバルセロナへの飛行機の出発が7時40分。
空港到着から1時間半強で乗り継ぎというのは意外に短い。
入国審査はテンポ良く進んだが、広い空港内でバルセロナ行きの乗り場が遠い。
空港内をアッチ行ってコッチ行ってようやく乗り場を見つけると、今度はセキュリティチェックの列が長い。
何とか協定に加入していようと再度飛行機に乗るときは再度セキュリティチェックを受けなければならない。
前の人がセキュリティチェックに引っかかってなかなか列が進まずにこちらも次第にイライラ。
そういえば11年前に訪れたパリでも地下鉄がなかなか来なくてイライラして結局歩いて行動したことがあったっけか。
しかし今回ばかりは歩いて行動するわけにもいかず、辛抱強く待つ。
セキュリティチェックが終わったのは出発予定時間の30分前。
既に飛行機は搭乗開始していたが、ここでも何故か列が遅々として進まない。
日本人の時間感覚だとどうしてもイライラしてしまうが、ココは海外。
少しの遅れくらいなんとも思わない心の余裕を持たなければ。
飛行機までは空港内バスでの移動だったが外へ出ると早朝のパリは予想以上に寒かった。
パリからバルセロナ行きのエール・フランス機内も満席。
JALの機内よりも足元が広い感じがしたのは欧州人仕様の機体だからだろうか?
パリからバルセロナまでは約1時間半。
これまでの11時間以上のフライトに比べれば国内移動みたいなものだ。
9時30分過ぎにバルセロナのプラット空港に到着。
到着したのは最近出来たという綺麗なターミナル1だったが、市街への列車が出るのはターミナル2。
無料の巡回バスで向かったターミナル2は従来からあるという古びた何の変哲も無い空港だった。
欧州の通貨であるユーロへの両替は事前に日本で済ませていた。
ネットによるとドルとユーロに関しては現地で両替するよりも日本でした方がレートが良いとの情報だった。
1ユーロが約100円、レートの計算がスムーズで良い。
空港からバルセロナのサンツ駅まで列車の切符を購入(3.6ユーロ≒360円、以後のレートは1ユーロ≒100円で計算)。
窓口は行列が出来ていたが、自動券売機は列も無く、英語表示も選べたので労せず買うことが出来た。
バルセロナの国際空港という割にはパッとしない駅から列車に乗る。
空港発着の列車なのに車内にはアコーディオン弾きが現れてチップを要求して回る。
経済状態関係無しにこの辺はお国柄だったりするのだろうか。
空港から20分ほどでバルセロナの中央駅ともいえるサンツ駅に到着。
泊まるホテルはバルセロ・サンツホテルで、その名の通りサンツ駅に直結したホテル。
駅舎の上部がそのまま全部ホテルとなっていて、駅の入口と並んでホテルの入口もある。
ホテル到着は午前中だったのでチェックインは出来なかったが、荷物を預かってもらうことが出来た。
まだバルセロナは午前中、身軽になってから旅の始まり。
サンツ駅は構内が広く飲食店や売店もある代わりに、駅の周囲はそれほど栄えていない。
車通りは多いが人通りはあまり無く、郊外のターミナル駅といった様相。
羽田〜パリの機内食以来なにも食べていなかったのでサンツ駅構内のセルフサービスの食堂で昼飯にする。
サンドイッチと缶ビール、サラダで約8ユーロ(≒800円)。
駅構内価格なのか少し高めの印象だが、サンドイッチは結構な量でこの辺りは欧州基準か。
腹ごしらえも済ませたところで両親とは一旦別行動を取ることに。
晩飯は一緒に食う予定で夕方18時にバルセロナ中心部のレイアール広場で待ち合わせる。
初めて来た国の行ったことの無い場所で連絡手段も持たずに待ち合わせるというのもチョットした楽しみ。
1人になっての単独行動、バルセロナの街で最初に向かったのはカンプ・ノウ。
世界的な人気を誇るサッカーチーム・FCバルセロナ(以下、バルサ)のホームスタジアム。
収容人数は約10万人にもなる世界的にも有名なスペイン最大のサッカー専用スタジアム。
そのカンプ・ノウの見学が出来るというので行ってみたかった。
サンツ駅で地下鉄の回数券(10回分で9.25ユーロ≒925円)を購入して地下鉄へ。
地下鉄のマリア・クリスティーナ駅から歩いて10分弱、巨大なスタジアムが見えてくる。
広い敷地内に公式グッズを売る店とともにチケット売り場がある。
土日は基本的にリーガ・エスパニョーラ(サッカーのスペインリーグ)開催日。
今回の旅ではバルセロナとマドリードに行くのでバルサかレアル・マドリード(以下、レアル)のどちらかの試合を生で観たいと思っていた。
だが、この土曜日のバルサはアウェイでの試合。
この日にバルセロナで試合をするのはバルセロナに本拠地を置くもう1つのチームであるエスパニョール。
一時期は中村俊輔も所属していたエスパニョールだが、バルサに比べるとネームバリューも人気も劣る。
折角バルセロナに来ていながら海外サッカー初観戦がエスパニョールというのは申し訳ないが面白みに欠ける。
日本のプロ野球に例えると関西で野球観ようと思ったら阪神ではなくてオリックスだった、みたいな。
(オリックスファンの皆様、ゴメンナサイ)
そしてその次の土日となるとマドリードはおろか、私がスペインを離れてしまっているのでレアルの試合も無理そう。
残念ながら今回の旅でのサッカー観戦はお預けだなと思い、スタジアム見学の疑似体験で我慢することに。
見学チケットは23ユーロ(≒2,300円)と意外に高く、Jリーグの試合なら1試合観られる値段。
中に入るとまずはバルサの歴史を紹介する展示と共に数多くのトロフィー等が陳列されている。
圧巻だったのはチャンピオンズリーグ優勝のトロフィー(通称ビッグイヤー)と世界最優秀選手賞バロンドールのトロフィー(2011年まで3年連続でバルサ所属のメッシが獲得)。
しかしサッカー界ではワールドカップのトロフィーに次ぐ権威であろうビッグイヤーと個人での世界最高賞のバロンドール。
展示ケースに入っていたとはいえ本当に本物なのかは一抹の疑問が残った。
帰国してネットで調べてみるとそもそもビッグイヤーはチームに贈られるもの自体が公式のレプリカだとか。
本物は欧州サッカー連盟本部にあり、欧州チャンピオンズリーグに3連覇もしくは5度優勝したら本物が貰えるらしい。
それなら展示してあったアレは本物のレプリカなのかレプリカのレプリカなのか…ってもはや何が何だか分からない。
ビッグイヤーとバロンドールを生で見た、それで良いことにしよう。
展示場を出ると次はスタジアムの客席へ。
客席に出ると緑の芝生が眩しいくらい綺麗に映えるスタジアム。
サッカー専用スタジアムだけにピッチのすぐ近くまで客席が迫っている。
10万人近い観客を収容できるスペイン最大のスタジアムだが、急角度で3階まで客席が設けられていることもあってかピッチが遠く感じない。
サッカー先進国のサッカー専用スタジアムの実力を思い知らされた。
ここに大観衆が入ってサッカーを観られたらそれは壮大だろうなと思いを馳せる。
つくづくバルサが今週はアウェイで試合だというのが悔やまれた。
客席に続いてスタジアムの階下では試合後の記者会見室やロッカールームが見学できる。
そして選手が通るのと同じ通路からピッチまで行くことができる。
さすがにピッチの中には入れないが、すぐ脇までは行くことが出来る。
日本人がこの向こうにバルサの選手として立つ日が来るだろうか
実況ブースや記者席を経てスタジアム見学の終了。
希望者には有料だがCG合成で選手との記念撮影もやっていた。
最後はバルサの公式グッズショップ。
当然だが最も多かったのはメッシのユニフォーム。
名前と背番号入りの公式ユニフォームは99ユーロ(≒9,900円)。
さすがに選手による値段の差は無かった。
スタジアムの前が広場になっており、売店もあったのでスタジアムを眺めながらビール4ユーロ(≒400円)を飲む。
いつかスタジアムの中で飲みたいものだ。
一服した後はバルセロナの街の中心部へ行くことに。
地下鉄に乗りカタルーニャ駅へ向かう。
バルセロナは暑く、地下鉄のホームも空調が効いてないと思うほど蒸し暑い。
地下鉄の中にアコーディオン弾きが乗ってきて勝手に演奏してチップを要求して回っている。
バルセロナでは何度も地下鉄に乗ったが、ギター弾きやサックス吹きもいて遭遇すると騒々しい。
しかし地下鉄の係員が車内を視察に回ってきたときは注意されて次の駅で降ろされていた。
ノリノリ?で演奏していたのにすごすごと地下鉄を降りていく姿は哀愁さえ感じられた。
カタルーニャ駅で降りて地上へ出るとそこはバルセロナ市街の中心部カタルーニャ広場。
そこから南下する道がバルセロナのメインストリートであるランブラス通り。
通りの真ん中が広い歩道になっていて観光客向けの土産物屋やレストランが並ぶ賑やかな通り。
通りに面して屋根に覆われたサン・ジュセップ市場がある。
バルセロナに古くからある市場で、中に入ると小汚くて人も多く蒸し暑く雑然としている。
入口付近で売られていたキウイ&メロンの生ジュース1.5ユーロ(≒150円)を飲みながら市場内をブラブラ。
生ジュース売りは入口付近に複数あったが、奥に行くほど安かった気がする。
入口付近はフルーツや野菜などカラフルな商品が並ぶが、中ほどから奥は魚介類や肉などが生々しく売られている。
その場で調理して食べさせる食堂のようなところもあり、ディープさと賑わいが増す。
観光客も大勢いるが、地元民用の市場という感じもして良い雰囲気だった。
市場を出てランブラス通りをさらに南下して脇道に入るとガウディ作の世界遺産・グエル邸がある。
ガウディのスポンサーで実業家かつ政治家でもあったエウゼビ・グエルの邸宅。
普通に建物が並ぶ通りに世界遺産のグエル邸もあり、特段それが目立つというわけではない。
観光客がいなければ普通に通り過ぎても違和感が無いくらい周囲に溶け込んでいる。
これが世界遺産かと不思議に思うレベルだったが、折角なので入ってみることに。
入場料は10ユーロ(≒1,000円)、時間毎に入場を区切っているらしく数分待たされた。
邸内ではオーディオガイドが無料で貸し出され、日本語版のオーディオガイドと案内図を基に邸内観光。
見学ポイントで操作するとオーディオガイドが逐一説明してくれるので分かり易いがアレ見ろコレ見ろと強要されている感も。
言われないと全く意識しないが、様々な工夫が凝らされているらしい。
しかし建物も内部も浮世離れしていて本当に人が住んでいたのか疑問に思うレベル。
小一時間ばかり内部を見学した後は再びランブラス通りに戻って南下。
通りの端は地中海、手前にはコロンブスの塔が建つ。
約60メートルという塔の上にコロンブスの銅像がある。
コロンブスってスペイン人だったのかと思ったが帰国して調べたらイタリア出身だとか。
スペインにも深い関わりがあったらしいが、外国人の像をここまで大々的に立てるとは。
地中海に面したところは港になっていて遊覧船や最新のショッピングモールなどもある。
ガウディ建築の世界遺産に加えて地中海まであるとは贅沢な街だ。
18時になり、両親と待ち合わせたレイアール広場へ。
ガウディが若い頃にデザインしたという街灯が有名、とのことだったが特に主張するでもなく広場に溶け込んでいた。
無事に両親と合流し、晩飯はバルセロナ最古のレストランというセッテ・ポルタス。
スペインへ来たら定番のパエリアなどを注文。
大鍋でそのまま出てくるパエリア、いつもの1人旅だったら食べ切れなさそうな量。
味は可も無し不可も無し、スペインだから格別美味いというものでもない。
思ったより水っぽかったのが意外だが、これは出す店によっても変わるのだろう。
面倒だったのは大きな海老の殻剥き。
ナイフとフォークでは巧く捌けず、結局手を使ってしまうので手がベタベタになる。
その点、西洋人は巧いことナイフとフォークで捌いていた。
文化の違いというヤツか。
食後、時間は20時過ぎだったが充分に明るい外。
しかしこの日は飛行機の中で1日の初めを迎えて夜明けはパリ、さらにバルセロナに移動してからも動きっぱなしの1日。
1日の行動としては充分すぎるということでホテルに引き上げることにした。
午前中は荷物を預けるだけだったホテルに改めてチェックイン。
ホテルは3名1室が無かったので両親と私でそれぞれ部屋を取った。
駅直結のホテルということでロケーションだけが売りかと思いきや部屋も立派。
小奇麗にまとめられていてデザイナーズマンションの1室のよう。
唯一のマイナスポイントは土曜の夜だからか駅横の通りでイベントをやっているらしく、その騒音が部屋にまで届いてしまうこと。
騒音の元凶はなんだろうと通りへ行ってみたら簡易遊園地みたいなのが作られていてまさにお祭り騒ぎ。
うるさい事に変わりは無いが、音の原因が分かると以前よりも気にならなくなる。
もっとも、1日行動した疲労のおかげで騒音など関係なくアッという間に就寝できた。
この日の予定は朝一でバルセロナ…いやスペインを代表する観光スポットのサグラダ・ファミリア。
両親とは8:20にホテルのフロントで待ち合わせたが目が覚めたのが8時過ぎ。
前日の疲れから一度も起きることなく眠り続けてしまった。
慌てて顔を洗って大急ぎで着替えを済ませる。
朝食をとる時間すらなかったのが勿体無い。
ツインの部屋に1人で泊まっているのでベッドメイキングもタオル交換も不要なので部屋は「Do Not Disturb」にしておく。
サグラダ・ファミリアへは地下鉄で文字通りサグラダ・ファミリア駅へ。
サンツ駅からは地下鉄で1本、10分ほどで到着。
地下鉄の駅を出るとすぐ目の前にいきなり登場するサグラダ・ファミリア大聖堂。
来るぞ…来るぞ…キター!というワクワク感なんてあったもんじゃない。
開館は9時からだが、8時40分の到着時点で既にチケット売り場前には数十人もの長い列が出来ている。
これは当日券を買う人の列で、我々はインターネットで事前に券を購入(14.3ユーロ≒1,430円)しプリントアウトして持参。
事前に券を買った人の列は数人しか並んでいない。
ネット購入は手数料が1.3ユーロ(≒130円)かかるが、あの列に並ばなくて良いことを考えると予約するのがベター。
さらにインターネット購入の利点は列に並んでいる人がチケットを買っている間にさっさと入場できること。
ネットで買ってプリントアウトした入場券にはバーコードが印字されていて、それをかざすだけで入場可能。
朝一に行けばほぼ一番乗りでサグラダ・ファミリアに入れる。
サグラダ・ファミリアは東西のファサードが有名。
太陽の昇る東側が生誕のファサード、太陽の沈む西側が受難のファサードとされている。
東はキリストの生誕、西はキリストの死がテーマとなっている。
個人客の入口は西側だったので、入場を待っている間に受難のファサードは散々見ていた。
そんなわけで入場と同時にサグラダ・ファミリア内を一気に突っ切って東の生誕のファサード側へ。
朝一だったため、未だ誰も来ていない生誕のファサードを独占。
東側にあるため午前中の太陽光を受けて明るく、生を扱っているだけに華やかな印象。
彫刻のそれぞれに設定があるらしく、地球の歩き方の解説と照らし合わせながら鑑賞。
少し時間が経つと東側にもある入場口が開放された。
どうやら東側は団体客の入口らしく、どんどん人が増えていく。
日本人の団体ツアーもいて、最終的には個人客も含めると客全体の5%くらいは日本人だったような気がする。
外側を一通り眺め終えた後は内部へ。
有名な観光地は往々にしてそうだが、外部のインパクトに比べると内部は地味に思える。
巨大な柱で支えられた高い天井やその飾り付けやステンドグラスなど見所は勿論多数ある。
しかし例えば内部の写真だけ見てサグラダ・ファミリアだ!と言う程のインパクトは無い気がした。
内部で最も人が集中していたのはサグラダ・ファミリアの完成予想模型。
永遠の建設中と思っていたサグラダ・ファミリアだが、ガウディの没後100年にあたる2026年の完成を目指しているとか。
現在は東と西にしか建っていない尖塔(鐘楼)を北にも配置し、全体の中央には更に巨大な塔を建てる予定らしい。
南側が教会への正面入口となるらしいが、現在の南側は聖堂のすぐ前が道路になっている。
本格的に完成したら道路工事なんかもしないといけなさそうだ。
あぁいう巨大建造物を建てるのにどれくらい時間がかかるのか分からないが、さすがにあと14年あれば完成するだろうか。
最近の巨大建造物、ということで調べてみたらスカイツリーは2008年着工で2012年完成らしい。
スカイツリーですら4年で出来るのならサグラダ・ファミリアとはいえ14年あればさすがに完成するのでは?
ただ仮に完成してしまったらもう変化は望めない。
いつまでも建設中のままの方がサグラダ・ファミリアの変化が楽しめてリピーターの観光客も呼べるのではないだろうか。
各箇所を修復しながら敢えてゆっくり完成させるのも観光戦略なのかもしれない。
地下の展示室まで含めると2時間くらいは余裕で時間を過ごせた。
朝は慌ててホテルを出たので朝食はおろか、トイレにも行く暇がなかった。
気付くと大を催したのでサグラダ・ファミリアのトイレで大きい方を実行。
世界遺産で大をしたのは初めてな気がする。
東側から見た最も有名なアングルだが、正面とされるのは南側(写真だと左)
次に向かったのはグエル公園。
ガウディが設計した公園でこれも世界遺産。
地下鉄のレセップス駅から歩いて15分ほど。
標識もあり、チラホラと観光客の流れも出来ているので迷うことは無い。
坂を登り少し小高いところにあるグエル公園は入場無料なのも良い。
好天の日曜日、ガウディ作のモザイク細工のトカゲ(竜?)や曲線が印象的なベンチなどには大勢の観光客。
小高い丘にあるのでサグラダ・ファミリアや地中海も含めてバルセロナの街全体が見渡せる。
公園は予想以上に広く、園内散策の最終目的地はゴルゴダの丘なる大層な名前が付いた所。
園内のひときわ高い所に石造りの小さな塔と十字架が立っている。
ひとしきり炎天下を歩き回った後は公園の売店で生ビール。
世界遺産の公園のガウディが設計したというベンチに座ってビール(4ユーロ≒400円)、贅沢なひと時。
昼飯は地球の歩き方に「ガイドブックに殆ど載らない隠れ家的レストラン」という矛盾した紹介をされていた店へ。
地下鉄を使うよりも効率的に思えたのでタクシーを利用。
3人で乗って8ユーロ(≒800円)弱だったので1人あたり約2.6(≒260円)ユーロ、値段的にも地下鉄とそう変わらない。
ところが店の近くまで行って改めて場所を確認しようと地球の歩き方を開いて気がついた。
定休日が「日・月、8月」とある。
この日は日曜日、そして8月、どう転んでも休みだ。
それにしても8月って…丸1ヶ月休みか?
改めて地球の歩き方を見ると意外に多かった日曜日が休みという店。
8月が休みとなっている店も同じようにチラホラ。
日曜日の休みはキリスト教由来だろうが、8月休みってのは何だ。
やる気無いにも程がある…というかこれがスペイン標準なのだろうか。
そういえばシャッターが閉まっている店が多かった気がするのは不況ではなくて8月だからか?
いずれにせよその店は諦めて他の店へ移動。
ガウディをはじめとした建築物が集まっているアシャンプラ地区のレストランで昼食。
ここも地球の歩き方に載っていた店だが、ちゃんと営業しているのを確認して来店。
最初はビールを飲むが、以降は母が注文してデキャンタで来たサングリアを飲む。
サングリアとは赤ワインをオレンジジュースで割ってレモンなどを加えたお酒。
カシスオレンジのような味で非常に飲み易い。
サングリアはスペインではポピュラーな飲み物らしく、いたるところで見かけた。
簡単に作れそうだし甘くて飲み易いので日本で流行っても良い気がした。
料理はそれぞれ1品ずつ肉・海老・野菜を注文してシェア。
複数人で行くとこれが出来るから良い。
食後は徒歩でカサ・バトリョとカサ・ミラ、どちらもガウディ作の世界遺産へ。
前日のグエル邸もそうだったが、欧風の建物の並びに普通にこれらの世界遺産も建っている。
言われてみれば曲線が特徴的と思えるが、その隣の建物が世界遺産ですと言われてもそうですかと納得できそう。
逆に言うと観光客が集まっていなければそれと気付かずに通り過ぎてしまいそうでもある。
この中に世界遺産があります
中に入ると20ユーロ(≒2,000円)近くするので外観だけでパス。
世界遺産の中は前日のグエル邸とこの日のサグラダ・ファミリアで充分だろう。
両親とはそこで別れて晩飯時まで別行動にした。
前日はバルセロナの旧市街をあまり歩いていなかったので改めて行ってみることに。
まず行きたかったのはクアトラ・ガッツ(4匹の猫、という意味らしい)というカフェレストラン。
ピカソなど19世紀末にバルセロナで活躍した芸術家が通ったという店。
当時の店ではなく再建されたものらしいが、折角なので行ってみた。
有名店のはずだが大通りを1つ曲がった狭い通りにあって分かりにくかった。
16時すぎという中途半端な時間だったため店内の客は僅か。
その僅かな客は見る限り殆ど観光客。
いつものようにビール、にしようかと思ったら目に付いたメニュー。
CAVA+OLIVE +CHIPS=3.5EURO
カバ(CAVA)というのはバルセロナのあるカタルーニャ地方で生産されているスパークリングワイン。
バルセロナの名物としてガイドブックにも紹介されていた。
折角なので名物を、というわけで注文。
お味は…まぁ普通のスパークリングワイン。
これにオリーブの酢漬けとポテトチップスが皿イッパイで3.5ユーロ(≒350円)なら格安。
昨年のロシア旅では名だたる文豪が通ったという店で旅記を書いた。
今年はバルセロナで名だたる芸術家が通ったという店で旅記を書いた。
さて次の旅では名だたる何が通った店で旅記を書くことになるだろうか。
店を出た後はバルセロナ旧市街のシンボルというカテドラルへ。
カテドラル前の広場には大勢の人やパフォーマーもいて賑わっている。
巨大な教会は入場無料なのも良い。
豪華な外装内装はコレも世界遺産です、と言われても納得してしまう造り。
ひとしきりブラついてカテドラルの裏手付近にある王の広場と呼ばれる場所へ。
地球の歩き方によるとコロンブスが女王に謁見した歴史の舞台になった場所、とのこと。
しかし行ってみると四方を建物(歴史的建造物らしいが…)に囲まれて薄暗く、観光客もカテドラル前広場に比べるとだいぶ少ない。
地球の歩き方に載っていなかったら何も気付かずにスルーしていたであろう場所だが、スルーしても別になんとも思わない場所だった。
市庁舎のあるサン・ジャウマ広場からランブラス通りに出てブラブラ。
後で地球の歩き方を見るとアビニョ通りというのがすぐ近くにあった。
ピカソの「アビニョンの娘たち」はこのアビニョ通りにいた娼婦を描いたものらしい。
「アビニョンの娘たち」はNYのMoMAで見たのを覚えている(NY旅行記のMoMAの写真の中にも掲載されている)。
恐らくは行ってもただの通りで特に感慨は無かっただろうが、折角近くにいたのなら行っておけば良かった。
帰国して旅記をまとめるためにガイドブックを復習すると時々こうしたニアミスを発見する。
そういう場所は次に再び同じ場所を訪れるための小さなモチベーションとして残しておくことにしている。
ランブラス通りの人通りは相変わらず多かったが、前日はあんなに活気があったサン・ジュセップ市場が閉まっている。
バルセロナ中心部のデパートや有名ブランド店でも閉まっている店が多い。
書き入れ時と思われる日曜日に営業しないとは…
商業主義に毒されていない、と好意的に捉えておこう。
だから不況なんじゃないの?とも思ったが…
晩飯は両親と待ち合わせてバル(バーのスペイン語読み)へ。
レストランに行くよりもバルでタパスと呼ばれる小皿料理を複数注文して飲もう、という考え。
店にもよるのだろうがバーというよりも日本の居酒屋に近い感覚。
スペインだけにイベリコ豚が名物で、先述のサン・ジュセップ市場でも豚の脚が大量に吊るされていた。
折角なのでイベリコ豚の生ハムも注文。
薄くスライスされた生ハム、美味しいが非常に塩辛く、ビールが進む。
単品で食べるものではなく、チーズや野菜とパンで食べるものだった気がする。
ひとしきり飲み食いしてホテルへ戻る。
思えばバルセロナ最後の夜、もう少し夜の街を堪能しても良かったかなとも思えた。
前日は寝坊もあって食べられなかった朝食だが、この日はしっかりと。
朝食のバイキングは種類豊富で立派、前日に食べられなかったのが今更ながらに悔やまれる。
この日、私はバルセロナを離れてポルトガルのリスボンへ向かう。
両親はもう1日バルセロナに滞在してこの日は郊外のモンセラットへ行くという。
次に会うのは2日後のマドリードというスケールの大きなひと時のお別れ。
リスボン行きの飛行機は15:10発なのでチェックアウトの12時までホテルでゆっくりして空港へ向かうことにする。
ホテルから遠出をする気はなかったのでこれまで殆ど歩いていなかったホテルのあるサンツ駅周辺をブラブラ。
前日までの簡易遊園地は撤去作業が行われていて寂しい雰囲気。
駅の周辺は車やバスやタクシーこそ多いが、飲食店は小さいのが数軒とスーパー・土産物屋が僅かにあるくらい。
日本だとターミナル駅周辺が栄えているものだが、バルセロナはそうでも無い模様。
駅構内にマックを始めとして複数の飲食店や売店などがあるので必要最低限は駅内で事足りるということか。
11:30過ぎにホテルをチェックアウトして空港まで列車で3.6ユーロ(≒360円)。
駅直結のホテルなのでアクセスは非常に便利。
リスボン行きの飛行機はイージージェットという欧州の格安航空会社。
バルセロナのプラット国際空港の中でも古い方のターミナル2の中でも最も遠いCターミナルが搭乗口。
格安航空会社だと使用料が安い遠くのターミナルから発着、というのが定番らしい。
チケットはインターネット経由でプリントアウト済みで、機内預け荷物も無かったのでカウンターへは行く必要が無い。
そのままセキュリティチェックを済ませて搭乗口まで行く。
スペインもポルトガルもシェンゲン協定加盟国なので出入国審査は無し。
意外にスイスイ進んでしまい、出発の2時間前には搭乗口に到着という堅実なスケジュール。
搭乗口近くの売店でサンドイッチとビールを買って(6ユーロ≒600円)、食べがてら時間潰し。
こっちのサンドイッチは細長く堅いミニフランスパンみたいなのにハムや野菜が挟まっているのが定番。
欧州仕様なのだろう、1つで充分なボリュームをビールと共にいただく。
食後、空港内もあまりウロウロする場所が無く、ウトウトしていたらいつの間にか搭乗の列が出来ていた。
今回の格安航空券、スペインのバルセロナからポルトガルのリスボンまで僅か52.99ユーロ(≒5,299円)。
その代わり格安航空券ならではの制約もいくつか。
機内持ち込み荷物は1つまでしか認められていなく、サイズや重量をオーバーすると追加料金がかかる。
持ち込み以外の預け荷物は1つ目から有料。
そして初体験だったのが全席自由という機内の席。
早く乗った方が良い席を確保できるということで優先搭乗権も有料。
私は何1つ追加料金を払うことなく、荷物はバックパック1つにまとめたし2時間にも満たないフライトだと席にも拘りは無い。
一部のネット情報だと搭乗直前に客の荷物を計測して制限内に収まっているか確認することもあるという。
今回はそんなことも無く、無事に搭乗。
席はあらかた埋まっていたが、前方の通路側席が空いていたのでさっさと座ってしまう。
機内サービスのドリンクなども勿論有料。
格安航空券というこれまでに無い飛行機だったが、考えてみればこれまでの飛行機のサービスが過剰だったとも言える。
新幹線に乗って無料のドリンクサービスがあるのか?という話だ。
飛行機だからと特別扱いするような時代ではないのかもしれない。
スペイン時間の15:20頃に離陸し、スペイン時間で17:00頃にリスボンに到着。
しかしバルセロナとリスボンでは1時間の時差があるのでリスボン時間だと16時。
1時間40分ほどの飛行で40分しか時間が経過していないというのは得した気分だ。
リスボンの空港に着き、インフォメーションで市街までのバス乗り場を聞く。
市街までの公共交通手段はバスと地下鉄があり、地下鉄の方が安い。
しかしバスだとその乗車券でリスボンの観光名所でもあるサンタ・ジュスタのエレベーターというのにも乗れるという地球の歩き方情報。
というわけでバスで行くことにするとちょうどバスが来ている時間だと言われて慌ててバス乗り場へ。
駆け込み乗車をして料金(3.5ユーロ≒350円)を払った直後に出発したバス。
国が変わっても通貨のユーロは変わらないというのは両替の手間が省けて良い。
バスは車内放送が英語でも停留所を教えてくれて分かり易い。
リスボンの中心部であるロシオ広場に到着したのは空港を出て約20分後。
ココがリスボンの中心部だとしたらバルセロナと比べると大分こぢんまりとしている。
リスボンでのホテルはロシオ広場から徒歩数分の所にあるムンディアルホテル。
分かり易い場所にあったおかげで迷うことなく到着。
日本からネットで予約した所で6,500円程だったが、無難な広さとバスタブも付いた無難なホテル。
時間は夕方17時過ぎだったが、夏の欧州の日暮れが遅いのはバルセロナでも経験済み。
ホテルに荷物を置いて早速街に繰り出す。
まずはバスの切符があれば無料で昇れるというサンタ・ジュスタのエレベーターへ。
リスボンの中心部にあるレトロなエレベーターで、乗るために列が出来ている。
これに登るために敢えてバスを選んだようなものなので列に並ぶ。
待ち時間に地球の歩き方で予習したところによると高さ約45メートル、20世紀初頭にエッフェルの弟子によって作られたらしい。
バスチケットを持っていると無料で入れたが、普通に登ろうとすると5ユーロ(≒500円)かかる。
バスチケットが3.5ユーロ(≒350円)だったことを考えると正価が5ユーロ(≒500円)ってのは妙な感じだ。
10分ほど待って順番が来たエレベーターはレトロな内装でベンチもあり広々。
乗車時間は僅か10数秒で、上昇中も周囲はビルに囲まれているので景色を楽しめることは皆無。
バスチケットがあったから無料で登れたが、コレに正規の5ユーロ(≒500円)は無いな…
エレベーターを登り切ったところから螺旋階段を登っていくと展望台に出られる。
ココからはリスボン市街が一望できる。
高層ビルなどは無く欧州風の赤茶色の屋根で統一された建物群はなかなか綺麗。
いかにも西欧の街並みという雰囲気、なるほどコレを見るためなら料金を払っても良いかも。
リスボンの街並み
展望台を降りて空中遊歩道みたいな所を歩いていたらいつの間にか地上に出ていた。
エレベーターで昇ったはずなのに下ることなく気が付くと地上。
リスボンの街は坂が多く、かなりの傾斜の所もチラホラ。
エレベーターで昇った高さと同じくらいの高さまで坂が続いているということだ。
バイロ・アルトという丘の上で、周囲を散策した結果、晩飯はトリンダーデというレストランへ。
沢木耕太郎の「深夜特急」で著者も飲んでいたポルトガルのビール、サグレス。
そのビールメーカーが経営するレストラン。
18時過ぎという現地では早い時間だったため店内は閑散。
ビール会社の経営だけあり、生ビールは300mlで1杯1.8ユーロ(≒180円)と安いが、料理は軒並み10ユーロ(≒1,000円)を超える高さ。
ビールを安くして料理で稼ぐ店か。
メニューの中から英語表記と値段から推察して適当に注文。
出てきたのはイカフライ10.4ユーロ(≒1,040円)、1品料理で魚のすり身と肉の揚げ物が各1.3ユーロ(≒130円)。
味はどれも普通の美味しさで、いずれもビールに合う料理だったのは正解。
ビール2杯と合わせて計16.6ユーロ(≒1,660円)とまぁ想定の範囲内。
食事を終えて外へ出ると19時を過ぎでもまだ充分に明るい。
近くにポートワインの専門店があったので食後はポートワインを飲むことにする。
ソラール・ド・ヴィーニョ・ド・ポルトなる長い名前の店でポートワイン協会が経営している。
店内は薄暗く椅子もゆったりとしたソファで上品な内装。
やや場違い感を覚えつつも着席。
メニューを見ても銘柄が載っているだけで何が何だかサッパリ分からない。
店員に「どれがポートワインだ?」と聞いてみると「全部ポートワインだ」と言われる始末(考えてみれば当たり前)。
埒があかないのでオススメを聞いてみるとNIEPOORTの20年ものヴィンテージとのこと。
1杯(75ml)で6.3ユーロ(≒630円)と結構な価格。
安いのだと1.5ユーロ(≒150円)からあったが、折角なのでオススメされたヴィンテージポートワインにしておく。
1杯(75ml)6.3ユーロ(≒630円)ということはフルボトル(750ml)だと単純計算で63ユーロ(≒6,300円)ということ。
そんなに高いワインはこれまで飲んだことが無いな、多分。
注文するとすぐに出てくるポートワイン。
とりあえずそれっぽくグラスを回して匂いを味わってから一口飲んでみると甘く、ワインというよりもブランデーに近い感じ。
しかしくどい甘さではなく、ブランデーのようにカーッとすることも無く、非常に飲み易い。
なるほどこれが20年ものヴィンテージポートワインの実力か…と偉そうに思ってみる。
帰国後に調べたらポートワインはブランデーを加えて作るとのことなので、ブランデーっぽい味がしたのも当然だった。
ゆっくりと食後のポートワインを嗜んで店を出ると20時過ぎでようやく夕暮れの空。
そのままホテルに戻るのも惜しかったのでリスボンの街をブラブラ。
歩行者天国のアウグスタ通りを歩き、コメルシオ広場へ。
広場の先からは大西洋へと続くテージョ川が眺められる。
川なのだが殆ど海のような感じで潮の香りもする。
昼は好天で暑かったが、夜になると涼しい。
21時頃には周囲も暗くなり、涼しい夜風に当たりつつホテルに戻る。
バルセロナで泊まったホテルと違い、リスボンのホテルは繁華街にある。
夜でも街の中心部をウロウロ出来るのが良い。
中心部のロシオ広場近くでは怪しげな若者が「マリファナ?コカ?」と声をかけてくる。
カトマンズ以来と思われる久しぶりにこうした危険なお誘いを耳にした。
この日の〆はロシオ広場の脇にあるア・ジンジーニャなる店。
サクランボから作ったポルトガル名物のジンジャという大衆酒を出す店。
店といっても商品はジンジャだけで、店内で飲むスペースも無い。
小さな使い捨てプラコップ1杯のジンジャを1.1ユーロ(≒110円)で買って外で飲むというスタイル。
地球の歩き方にも載っている有名店なので店の外で立ち飲みをしている観光客が多数。
1杯飲んでみるとポートワインのような甘みとブランデーのような強さ。
ポートワインほどの繊細さは無いが、基本的に甘みが強いポートワインと同系統の味。
ポルトガルではこういう強烈な甘みのある酒が好まれるのだろうか。
ジンジャというから生姜を連想したが全く違う。
最後にアルコールに漬かったチェリーを食べて完飲完食。
ビールに始まりポートワインからジンジャ。
ポルトガル名物の酒を各種味わうことが出来た夜だった。
朝、7時前には自然に目が覚めた。
ようやくヨーロッパ時間に慣れてきたのだろうか。
この日はこの旅のメインイベントであるユーラシア大陸最西端を目指す。
長旅になるかもしれないのでバイキングでしっかり朝食をとっておく。
8時30分にはホテルをチェックアウトしつつも荷物はフロントで預かってもらう。
ホテルから徒歩数分のロシオ駅は駅舎とは思えない立派な建物。
そういえば街の中心部に地下鉄ではない鉄道駅があるのは珍しい気がする。
目指すユーラシア大陸最西端はロカ岬、リスボン郊外の世界遺産の町シントラからバスで行ける。
地球の歩き方情報でシントラやその周辺の観光地を巡る列車やバスが乗り放題になる乗車券があるという。
ロシオ駅の窓口で聞くと12.5ユーロ(≒1,250円)とのことだったので購入。
終点シントラ行きの列車が数分後に出発という好タイミングで乗り込む。
各駅停車っぽい普通の列車で、平日午前中ということもあってか空いている。
リスボンは晴れていたのに、目指す西の方は雲が多いのが気がかり。
ロシオ駅を出てからおよそ40分後に終点のシントラに到着。
シントラは王族や貴族などの避暑地でもあるらしく、標高が高いのか涼しい。
バス停で最西端ロカ岬へ向かう時刻表を調べてみると1時間20分に1本ほどしかない。
次のバスが来るまで約50分。
時間を潰そうとシントラの町へ行こうかと思ったが、駅から町の中心部までは歩いて20分ほどだという。
行って帰ってきたらそれだけで40分、おとなしくバスを待つのが得策に思えた。
シントラの町を周遊するバスは何台も来て、その度に観光客が乗り降りするが、日本人だと分かるのは1人見かけた程度だった。
お目当てのロカ岬へ行く403番のバスは時間通りに到着し、乗り放題パスを提示して乗り込む。
最西端ロカ岬を経由してカスカイスというリゾート地へ向かうバスだが、乗車したのは私の他に1人だけ。
バスの行き先表示には「CABO DA ROCA」(ロカ岬の意味)とも書いてあったので大丈夫だろうとは思ったが念のために運転手にもロカ岬へ行くことを確認。
ロカ岬は終点では無いので、運転手に「ロカ岬で降りたい」ということを知らせておく意味もあった。
シントラ駅を出ていくつもの停留所に止まるうちに乗客も増えてきた。
普通に市民の足としても使われているバスのようで、旅行客の方が少ないように見えた。
途中の道からは海(大西洋)も見えつつも、観光地とはかけ離れた田舎道を走る。
シントラから45分ほど走るとココだろうという所に到着。
予想通りバスの運転手が「CABO DA ROCA」と教えてくれた。
結局そこで降りたのは私だけだった。
バスの停留所からすぐの所に最西端の碑が立っている。
閑散のユーラシア大陸最西端
大西洋を真下に見る断崖に立つ最西端の碑、まさに大陸の果てに立つ、という雰囲気が出ている。
駐車場には車も何台か止まっていたし、最西端碑の周囲にも観光客。
少なくともユーラシア大陸最南端のように誰もいない、ということは無かった。
それでも最西端碑の周囲の観光客は10人程度、付近の断崖沿いの歩道にいる観光客をあわせても30人程度。
当たり前だがバルセロナやリスボンの街中と比較するとだいぶ閑散としている。
しかしそれだからこそ良いし、来た甲斐があったというもの。
「地の果て」に大勢の観光客がいたらなんとなく雰囲気が壊れそうだ、と観光客の自分を棚に上げて思う。
この中でユーラシア大陸最南端へも行ったことがあるのは私だけだろうなと密かに小さな優越感。
最西端碑にはポルトガル史上最大の詩人と言われるカモンイスの詩が刻まれている。
「ここに地終わり海始まる」…と書いてあるらしいが、なんの捻りも無い、そのままじゃないか。
最南端よりはそれっぽい最西端碑
天気が良ければ空と海の青が綺麗なのだろうが、生憎の曇り空。
しかしやはり「地の果て」なのだからパーッとした明るさよりもどこかくすんだ空と海というのも良いかもしれない。
最西端碑の周囲は断崖沿いに少し歩くことが出来るが、特に何があるわけでも無くただ断崖が広がるのみ。
少し歩いた所に灯台があったので行ってみたが入れるわけでもなく、やはり特に何があるわけでも無い。
バス停のあった場所は観光案内所も兼ねていたので入ってみたが、最西端証明書を発行してくれるくらい(有料)。
そもそも最西端の碑しか無いような所に観光案内所って…何を案内するのだろうか。
土産物屋兼レストランもあったが、最西端グッズが売られているわけでもない。
やはり基本的には特に何も無い所だが、地の果てともなればそれはそれで良いのかもしれない。
何があっても無くても地の果てなのでそれで良いという結論になりそうだ。
バス停で次のバスの時間を調べると30分待ち。
それを逃すとさらに1時間以上バスを待たなければならない。
基本的に何も無い所だが、幸いにして土産物屋兼レストランがある。
誰も客がいないレストランで観光地値段にしては安い生ビール3.3ユーロ(≒330円)を飲みつつバスを待つ。
この旅最大の目的を果たし、ユーラシア大陸の最西端で飲むビールは格別だった。
これでユーラシア大陸の最南端と最西端は踏破。
さらにユーラシアの狭間(イスタンブール)も2007年に踏破している。
残るユーラシア最北と最東はいずれもロシア、おまけに北に至っては地球上の大陸の最北端だという。
現実的に考えればユーラシアの最端を目指す旅は今回で打ち止めかもしれない。
バスに乗ってシントラへ戻ったのは13時前。
午前中に到着したときは最西端を目指す一心でスルーしたシントラだが、世界遺産にも登録されている町。
ただの経由地にするのは申し訳なかったので町の中心まで行く。
乗り放題パスが使えたので、町の観光地周遊バスに乗る。
すぐに町の中心であるシントラ・ヴィラに到着。
リスボンの街と同じようにシントラでも石畳と坂が多い。
昼飯はこの周囲で食べることにし、地球の歩き方に載っていたトゥーリャス・バーなる店へ。
メニューを持ってきた店員が今日のオススメと(多分)言っていた物を注文。
肉とウィンナーとポテトとライスがドーン!みたいなプレート料理が出てきた。
大ジョッキのビールと合わせて15.1ユーロ(≒1,510円)。
味も悪くなかった(というかあぁいう料理で不味い方が不思議)、ボリュームと観光地料金を考えれば妥当。
町並み以外のシントラの観光スポットは小高い所にあるため、観光地周遊バスで行くことになる。
しかしシントラへ到着してからロカ岬までずっと曇りがちだった天気は相変わらず曇り。
これだと小高い所へ行っても眺望は楽しめなさそう。
この旅で最大の目的は達したことだし、天気はイマイチだし、シントラはこれで切り上げることにした。
来たときと同じ列車に乗ってリスボンに戻る。
不用心と思いつつもウトウトしてしまい、気付くとリスボン到着。
シントラでは曇っていたのにリスボンでは朝と同じ快晴。
快晴続きだった旅で唯一の曇りがピンポイントで旅のメインイベントに当たってしまうとはついてない。
ロシオ駅から歩いてコメルシオ広場を経由してカイス・ド・ソドレ駅へ。
この駅からベレンという観光地までの列車が出ている。
ベレンにはジェロニモス修道院とベレンの塔という2つの世界遺産がある。
列車でリスボンから10分弱で行けるし、乗り放題パスも使えるので行ってみる。
ちょうど来ていた列車に乗ってベレンへ。
リスボンを代表するような観光スポットがある駅ながら意外に地味。
まずはテージョ川沿いを歩いて「発見のモニュメント」と呼ばれる碑へ。
いわゆる大航海時代に活躍したポルトガルの著名人達の像が刻まれている。
先頭に立つエンリケ王子は日本人からすると無名かもしれない(事実、私もこの旅の事前調査までは知らなかった)。
しかしその背後に続く石像はヴァスコ・ダ・ガマ、マゼラン、フランシスコ・ザビエルと聞いたことのある名前が多数。
もっとも、地球の歩き方と照らし合わせてようやく分かるレベルではあるが。
高さ52mというモニュメントに登るには料金(2.5ユーロ≒250円)がかかるが、外から見る分には無料。
敢えて登る必要性も感じなかったので周囲をウロウロするだけで終了。
モニュメントの前の広場の地面には大きな世界地図が描かれている。
世界地図の各地に年号が刻まれていて、その年号は各地が大航海時代のポルトガル人に「発見された」年だという。
日本も刻まれていてその年号は1541、ポルトガル船が豊後国(現在の大分県)に漂着した年らしい。
漂着したくせに「日本を発見」というのは欧州至上主義みたいで気に入らないけどそんな時代だったのだろう。
ポルトガル入りしてからは数人しか確認できなかった日本人観光客。
しかし発見のモニュメント前の世界地図の隅っこにある日本を敢えて写真で撮ろうとするのは間違いなく日本人。
国籍を判断する最も分かり易い手段かもしれない。
発見のモニュメントからテージョ川を背にして大通りを渡れば世界遺産のジェロニモス修道院へ行ける。
テージョ川沿いを西に歩くとこれまた世界遺産のベレンの塔へ行ける。
これまでずっと川沿いを歩いていたのでそのままベレンの塔まで歩く。
外から見る限りだと意外に小さく、歴史を感じさせる建造物ではあれど、世界遺産たる何かは感じられない。
入場料を払ってまで中に入るほどのことは無いだろうと判断してベレンの塔を後にする。
来た道を戻って発見のモニュメント経由でジェロニモス修道院へ。
こちらは外観だけでも見事な彫刻が拝める、荘厳で分かり易い世界遺産。
正直思い入れも無い(地球の歩き方を見るまで知らなかった)ので、ココも中へは入らず外観だけ。
お金が勿体無かったというよりも、お金を払って中に入ったのなら時間をかけて見なければ勿体無いという時間が勿体無かった。
(結局、お金が勿体無いのか?)
ベレンも一通り観光し終えて地球の歩き方を眺めていて見つけたページ「ベレンのお菓子、パステル・デ・ナタ」。
お菓子のページなど普段はスルーするが、読んでみると「日本でもエッグタルトという名で流行したポルトガルの伝統菓子」とのこと。
エッグタルトという言葉で思い出したのは以前訪れたマカオ。
旧ポルトガル領だったマカオ、そこで名物だというエッグタルトを食べた。
表面はサクッとしていつつも中はクリームがフワッとした食感ながら味わいは濃厚で美味しかった。
ポルトガルはそのエッグタルトの本場だということで食べたくなった。
1837年創業のパステイス・デ・ベレンという店がエッグタルトの名店だという。
行ってみると地図を見るまでも無く分かる店の外まで続く行列。
地球の歩き方を見ると行列は持ち帰り用とのことだったので店内へ入ってみたがこちらも満席で所狭しと立って待っている客までいる。
これまでも地球の歩き方で「地元で人気の店」とか「行列が絶えない」と紹介されていた店へは行ったことがあった。
しかしいずれの店も行ってみると拍子抜けするほど客が少ない、なんてことばかりだった。
今回もその口だろうと思っていたが、今回ばかりは正真正銘の人気店だった。
店内には甘く焦げたような匂いが漂って惜しかったが、行列に並んで食べるほどエッグタルトに思い入れがあるわけでは無い。
オレは別にスイーツwじゃねーし、と誰にでもなく言い訳をして店を離れる。
この旅で最大の目的を果たし、ベレンでも主要目的地だった発見のモニュメント・ベレンの塔・ジェロニモス修道院も外観は踏破した。
後はリスボン市街に戻り、マドリードへ向かう列車を待つので充分だろう。
列車でリスボンへ戻り、街を歩いていて思い出したのはツイートをしようということ。
ツイッターに登録してからは恒例となっている旅先でのツイート。
携帯端末でフリーWi-Fiスポットを使えば珍しくもないご時勢だが、敢えて旅先からインターネットカフェでの更新を目指す。
今回の旅程ではスペインはバルセロナとマドリード、ポルトガルはリスボン、イギリスはロンドンに滞在予定。
その3ヶ国4都市の中でどこからツイートするかといったら、その中では最もマイナーなリスボンが良い。
旅の最大目的を達成した当日ということもあり、是非ともリスボンからツイートしたい。
そんなわけでインターネットカフェを探すが、探してみると意外に見つからない。
観光客が最も集まるであろうアウグスタ通りでようやく1軒発見した。
両替と国際電話とインターネットを全部扱ったいかにも観光客御用達な店。
しかしこれもクレジットカード、携帯電話、ノートPCの発達により淘汰されていく運命にある気がした。
いずれにせよツイートするだけなので最短最安の15分0.75ユーロ(≒75円)で申し込み。
日本語の入力も読込も出来ないPCだったが、海外からのツイートは昨年のロシアで苦労した経験もあり、今回はスムーズに行えた。
Tweet from Portugal.Lisboa now.Quest "Most Western Point of Eurasia" cleared! Obrigado!
今では海外からでも日本のPCやタブレット端末でネットに繋げ、日本にいるときとなんら変わりなくネットでのやり取りが出来てしまう。
ただ、海外旅行のときばかりはそれを忘れて全て英語で臨場感のあるツイートをしたい。
私も数年後には海外から自分の端末で日本にいるときと変わらないツイートをしてしまう日が来るのだろうか。
それはさておき、ツイートも果たしたところでリスボン≒ポルトガルでの今回の旅の目的は全て終了。
残りは時間の許す限りリスボンの街をブラブラ。
リスボンは坂と石畳と路面電車が印象的な街。
大航海時代には栄華を誇ったであろう国の首都とは思えないくらいの街の規模。
決して田舎ではないが都会と呼ぶほどでもない。
ヨーロッパの街、という雰囲気が良く出ている気がした(あんまりヨーロッパの街なんて知らないけど…)。
サント・アントニオ教会やカテドラルなど入場無料の教会などへ行き、主要な通りをウロウロして晩飯の時間。
地球の歩き方に載っていた地元のローカル臭が漂う食堂へ。
メニューを見てCODなんちゃらと書いてあったのでタラだろうと思い注文。
予想通り茹でたタラみたいなのが出てきて、アッサリ塩味で美味。
すると隣に座った現地人の兄ちゃんが「オイルとビネガーをかけるんだ」とアドバイスしてくれる。
確かにテーブルの上にはオリーブオイルとビネガーがある。
折角薦めてくれるので少しかけて食べる、確かに味に変化がついて美味い。
隣の兄ちゃんは「足りない!もっとかけるんだ!」みたいに言ってくる。
親切心から言っているようだったので無碍にするわけにもいかず、オイル&ビネガー漬けタラ料理が出来上がった。
だいぶベタベタした料理になったが、味は良かった…けどかけなくても充分美味かったな。
ビール3杯と合わせて7.95ユーロ(≒795円)という安さも良い。
地球の歩き方に載っている店なので完全に地元民だけのローカル食堂というわけでは無いだろう。
それでもこういう食堂で安く美味しいものを食べられるのが旅先の飯での1番の当たりな気がする。
21時が近くなり周囲も暗くなる。
リスボン最後の酒は前夜と同じくチェリー酒のジンジャを前夜とは違う店で1杯(1.3ユーロ≒130円)。
ロシオ広場のベンチでジンジャを舐めるようにチビチビ飲みつつリスボンに別れを告げる。
1泊2日の強行軍にしては巧いこと色々詰め込めたリスボンの旅だった。
リスボンからマドリードへ向かう夜行列車はスペインの国鉄であるRENFE。
日本にいながらにしてインターネットでRENFEのサイトから直接切符を購入してプリントアウトしてあった。
22:30にリスボンのサンタ・アポローニア駅を発車、翌9:03にマドリードのチャマルティン駅に到着となっている。
そこでふと湧いた疑問、この時間はポルトガル時間なのかスペイン時間なのか。
ポルトガル(リスボン)とスペイン(マドリード・バルセロナ他)の間には1時間の時差がある。
ポルトガルが21時ならスペインは22時。
今回の列車はスペイン国鉄のRENFE、切符も当然RENFE、すると切符に記載されている時間もスペイン時間?
もしもスペイン時間22時30分発車ならばポルトガル時間だと21時30分になる。
よもやそんなことはあるまいと思ったが、外国では何が起こるか分からない。
万が一この列車を逃すと予定が大きく狂う。
21時を過ぎたリスボンの街で改めてすることも無いので念のために21時30分までに駅へ行くことにする。
ホテルに戻って荷物を受け取り、今回のポルトガルでは最初で最後の地下鉄に乗り、ロシオ駅からサンタ・アポローニア駅へ。
駅に到着して真っ先に出発時刻の案内板を見るとマドリード行きは22時30分の発車予定。
当たり前と言えば当たり前なのだが安心した。
それと同時に1時間もの空き時間が出来てしまった。
試しに駅の外へ出てみたが、あまり栄えていなく、街灯も少なく暗い。
サンタ・アポローニア駅は長距離列車が発着するリスボンのターミナル駅なのだが、駅の周囲は閑散とした雰囲気。
バルセロナのサンツ駅もそうだったが、ターミナル駅周辺=発展という図式はヨーロッパでは当てはまらないのだろうか。
そういえば2001年に旅したヨーロッパでもどことなくそんなことを思った気がした。
街があって後から駅が出来たか、駅があってそこから発展していったか、の違いのようなものだろうか。
周囲に時間を潰せる場所が無かったので、駅構内のベンチで旅記などを書きつつ時間を待つ。
駅構内にスーパーがあったのでビールを買おうとしたが冷えたのが無い。
駅の周囲に個人商店のような店があったのでそこへ行くと冷えたビールがあった。
ツマミ用のポテトチップスと一緒に買って1.9ユーロ(≒190円)。
やはりスペインよりも物価は安いと最後の買い物にして改めて思う。
22時過ぎにホームへ行ってみると既に止まっている列車に乗車できるようだった。
寝台車両もある列車だったが、私の席は値段重視の一般席。
なにせ35.10ユーロ(≒3,510円)、高速バス並みの値段で国境を越えて1泊まで付いてくる。
座席も飛行機やバスほど狭苦しいことは無いだろうから我慢できるだろう。
切符に記載の号車に乗って席番号を探す、とあった。
日本で乗る特急列車の座席と大差無いどころか欧米人仕様なのだろう、日本の座席よりは広く感じる。
そこまでは良かった、しかし前の席が酷かった、というより前の席の客が酷かった。
元気が有り余っている感じの3〜4歳くらいと思われる男児とその両親。
夜行列車に興奮しているのか席で飛び跳ねて奇声を上げる。
両親もあまり注意するそぶりを見せない。
車内の混雑状況を見て席を移動しようかと思ったが、微妙に埋まりつつある座席。
列車は定刻の22時30分に動き出し、少し走るとすぐに停車。
どうやらオリエンテ駅というリスボンのもう1つのターミナル駅らしく、ここでも客が大勢乗ってくる。
結果、車両の8割ほどが埋まり、私の横の席にも大きな白人が。
これでトイレにも行きにくくなってしまった。
それなりに席が埋まったので幼児が動き回ることはなくなったが大きな声で喋るのは止まらない。
周囲もあまり迷惑している風でもないので注意しようにもしにくい。
もっともそれ以前に英語でなんと言えばやんわり言えるのかも分からないし相手が英語を理解できるのかも分からない。
真っ暗で殆ど何も見えない車窓を眺めつつ、ビールを飲みながら気持ちを落ち着ける。
やがて、朝から観光した疲労のおかげで騒々しさなど気になることなく眠りに落ちていた。
夜行列車の就寝中、いつの間にか隣席の大きな白人が席を移動したらしく、広々としていた。
幼児も寝ているらしく環境は悪くない。
時折聞こえる車両を行き来する客による自動ドアの開閉音が少し気になるくらい。
切符をネットで買った際の席指定で最前列と最後列は避けておいて正解だった。
羽田からパリまで飛行機の座席で12時間近く乗っていたことを考えると、夜行列車の席での10時間近くもそう苦にはならない。
ポルトガル時間の7時、スペイン時間の8時頃に夜明け。
車窓から見える広い大地が次第に明るくなっていく様はなかなか壮観だった。
列車に乗ってからずっと同じ車両にいたが、トイレに行きがてら車両を移動したらすぐ前の車両が食堂車だった。
カウンターと椅子が並んだ食堂車で、朝食のサンドイッチを食べている人が多数。
昔は新幹線の食堂車って憧れがあったなーと思い出した。
こんな所があったのなら前夜は幼児が寝静まるまでココで飲んでいれば良かったと思った(ビールがあるのかは不明だったが)。
そんなことを思っているうちにスペイン時間の9時10分すぎにマドリードのチャマルティン駅に到着。
ポルトガルを22時30分に出てスペインに9時10分に到着したので移動時間はおよそ9時間30分。
到着したら1時間進んでいるというのは朝ならば理想的な時差の使い方ではなかろうか。
マドリードに到着したらまずはホテルを目指す。
前日に両親が先にマドリード入りしてホテルにチェックインしているはずだった。
バルセロナで別れる際に「8月29日の朝10時にホテルのフロントで待ち合わせ」ということにしておいた。
万が一、タイミングが悪くて会えなかった場合は18時にマドリード中心部のマヨール広場で待ち合わせという保険もかけておいた。
マドリードでのホテルはチャマルティン駅と双璧をなすもう1つのターミナル駅であるアトーチャ駅の近く。
チャマルティン駅からアトーチャ駅までは列車で移動。
ターミナルだけあって大きいチャマルティン駅、券売機が長距離用と近距離用で分かれているらしく、少し迷う。
アトーチャまでの切符1.5ユーロ(≒150円)を購入し、コレと思われる列車に乗る。
念のために乗客に「toアトーチャ?」と聞いて確証を得る。
アトーチャ駅までは10分ほどで到着、こちらもターミナル駅だけあって広い。
駅から徒歩5分ほどの所にあるホテル、一瞬迷いかけたが無事に到着。
ターミナル駅から徒歩5分だが繁華街という感じではなく、落ち着いた雰囲気。
9時過ぎにチャマルティン駅に着いて10時にアトーチャ駅近くのホテルで待ち合わせ。
普通に考えれば1時間あれば余裕なのだろうが、初めての街での移動も含めた1時間はアッという間。
ホテルのフロントに着いたのは9時55分、待ち合わせの5分前だった。
フロントで待つが10時を過ぎても現れない両親。
考えてみれば向こうも無事にマドリードに到着しているかどうかは分からない。
不測の事態があってマドリードに到着していないことも考えられる…なんて思った数分後に両親登場。
単純にフロントに降りてくるのが遅れただけだったようだ。
無事に両親と合流し、荷物を置きに部屋へ。
今回のホテルはツインの部屋にエクストラベッドを入れた3人部屋。
エクストラベッド代はかかるが、3人1部屋なので結果的には安くなる。
3人部屋でも狭苦しい感じは無く、バルセロナ・リスボンに続いてマドリードのホテルも当たりと言って良いだろう。
荷物を部屋に置いたら早速行動開始。
両親がマドリードに到着したのは前日の夜だったため、両親もマドリードでの行動は初めて。
まずは3人で行動し、マドリードの中心部であるプエルタ・デル・ソルまで行ってみる。
さっき着いたばかりのアトーチャ駅に併設している地下鉄のアトーチャレンフェ駅へ。
10回分の回数券(12ユーロ≒1,200円)を購入してソル駅まで5分ほどで到着。
マドリードの中心となるプエルタ・デル・ソル広場は午前中から多くの人で賑わっている。
ココは文字通りマドリードの中心で、マドリード自治政府庁の建物前の歩道には「Km.0」の表示がある。
「マドリードから何km」というのを示す基点となる場所がココというわけだ。
ソル広場から人の流れに沿って土産物屋などが並ぶ通りを歩くとすぐにマヨール広場に到着。
マヨール広場もソル広場と並ぶマドリードの中心広場。
このマヨール広場の近くに世界最古のレストランとしてギネスブックに認定されているボティンという店がある。
1725年創業というマドリードで最も有名なレストランで、この日の晩飯はココにしようと決めていた。
場所の確認をするために開店前の11時過ぎに行ってみた。
歴史を感じさせるような建物で、開店前にもかかわらず記念撮影をする観光客もチラホラ。
有名店だけに予約をした方が良さそうだった。
両親が昼過ぎに店が開いたら来店して予約をしておいてくれることに。
夜の開店は20時からだったので、その時間に店の前で待ち合わせにしてマドリードでの自由行動に入る。
自由行動になったが、すぐ近くにサン・ミゲル市場という所があったので両親と共に行ってみる。
マドリードに到着してから何も食べていなかったので朝食兼昼食として何か食べようと思った。
バルセロナのサン・ジュセップ市場は地元民が多い雑然とした賑わいを見せていたが、マドリードのサン・ミゲル市場は小奇麗な建物の中で店も整頓されて観光客向けの印象。
約1ユーロ(≒100円)からツマミとなる魚介類や肉類などを売る店がアチコチ。
ビールやワインなど酒類も充実していて、色々なお店から色々買いあさって市場内のテーブルで食事が出来る。
目を引かれるものは多数あったが、冷静に見ると1ユーロ程度で買えるのは一口で食べ切れてしまいそうな小さな料理。
色々と楽しめるのは良さそうだったが、アレもコレもと選んでいたら結果的にそれなりの出費になりそう。
ココでのブランチはやめておき、地球の歩き方を見るとソル広場の近くに生ハムを扱うバルがある。
そこへ行くことにして、両親と別れてサン・ミゲル市場を後にする。
ソル広場近くのムセオ・デル・ハモン(Museo del Jamonと書き、ハムの博物館という意味だとか)というバルへ。
立ち飲み形式のカウンターと大量に吊るされたハム。
午前中から地元民っぽい人たちで賑わっている。
グラスビールが1ユーロ(≒100円)と安価だったのでまずは注文。
さらに生ハムトマトサンドが1.5ユーロ(≒150円)。
値段に見合わないボリュームで1品で充分すぎる量。
立ち飲みで座れないのが難点だが、ビール込みで2.5ユーロ(≒250円)、コストパフォーマンスは上々だった。
ビールと食事も済んだところで本格的なマドリード観光の開始ということで向かったのはサンティアゴ・ベルナベウ。
サッカーのレアル・マドリード(以下レアル)のホームスタジアム。
バルセロナ到着初日にバルセロナ(以下バルサ)のホームスタジアムへ行ったように、マドリード到着初日にレアルのホームスタジアムへ行きたかった。
地下鉄に乗り、文字通りサンティアゴ・ベルナベウ駅へ。
駅を出るとすぐ目の前に現れる巨大なスタジアム、バルサのカンプ・ノウよりもアクセスは良い。
スタジアム見学のチケットを買おうとするとダフ屋のようなオッサンが近寄ってきて「Ticket?」と聞いてくる。
イヤイヤ、スタジアム見学のチケットなんだから普通に窓口で買うよ。
正規の窓口で買ったチケットは16ユーロ(≒1,600円)、料金はカンプ・ノウより安い。
見学の内容はカンプ・ノウと大差無く、スタジアムの客席からピッチを見渡し、トロフィーなどが多数ある展示室を見る。
こちらにもバロンドールやチャンピオンズリーグのトロフィーが多数。
サッカー界の実績ではバルサよりもレアルの方が恐らくは格上。
トロフィーの数も恐らくはレアルの方が多かったのだろう。
そして大きな違いは20世紀最優秀のクラブチームとしてFIFAに認定された際のトロフィー。
チャンピオンズリーグやバロンドールはレアルにもバルサにもあったが、コレはレアルにしか無い代物だった。
ただ入場料を反映してか、トロフィーの展示の綺麗さや見せ方などはバルサの方が上だった気がする。
見学を進めているとスタジアム内の売店が営業しており、ビールも売っている(2ユーロ≒200円)。
そのまま客席にも行けたので、サンティアゴ・ベルナベウの客席でピッチを眺めながらビールを飲む至福のひと時。
これで試合が観られれば言うこと無しだなーと思いつつピッチを眺めているとピッチ脇に入場ゲートのようなものを作っている。
ラインを引いたり試合の準備のような作業をしているようにも見える。
リーガ・エスパニョーラ(サッカーのスペインリーグ)の試合は基本的に土日に開催される。
週末の試合に向けて今から準備するものなのかなと漠然と思っていた。
ビール飲んで休憩を終え、順路に沿って進んでいくとカンプ・ノウと同じようにピッチ脇まで行くことができる。
先ほど客席から見えた入場ゲートを見ると「SUPERCOPA DE ESPANA 2012」の文字。
そしてレアルとバルサのエンブレムが書かれている。
まさかの入場ゲート
SUPERCOPA=スーパーカップ、前シーズンのリーグ戦王者とカップ戦王者が対戦する公式戦。
日本で例えるならJリーグ王者と天皇杯王者が対戦するゼロックススーパーカップのようなもの…ってアレ?なんかしょぼく感じてしまう。
だがしかしスペインで前シーズンのリーグ戦王者はレアル、カップ戦王者はバルサ。
つまりスーパーカップの対戦カードはレアル・マドリード対バルセロナ、エル・クラシコと呼ばれるスペインサッカー伝統の一戦。
おまけにレアルにはクリスティアーノ・ロナウド、バルサにはリオネル・メッシと現在世界で1,2を争う最高の選手が所属。
チームとしても現代サッカーで最高峰に位置する両チーム。
現代サッカーで最も注目され、最もレベルが高い試合と言っても過言ではない。
今ココにこのゲートがあると言うことはレアル対バルサがココで行われるということだろうか?
いつ?まさか今日?それとも週末への準備か?
そういえばスタジアム見学のチケットを買おうとしたときにダフ屋みたいなのが寄ってきたのはこれだったのだろうか。
ピッチ脇では選手や監督が座るベンチにも座ることが出来て、実際に座りもしたのだがレアル対バルサがいつなのか気になって上の空。
その後もVIP席やインタビュールームなども見て廻ったが、やはりレアル対バルサが気になって上の空。
とりあえず試合が今日なのか確認したい。
スタジアム見学を終えるといても立ってもいられずチケット売り場を探して行ってみる。
チケット売り場へ近付くと声をかけてくるダフ屋、「100ユーロ(≒10,000円)」と言ってきた。
やはり今日が試合なのか?クラシコなのか?
100ユーロ、高いけれど買えない額ではないしクラシコでそれなら決して高くも無い。
しかし、ダフ屋のチケットとなると信用できるのか分からない。
しかし、しかし、ダフ屋がいるということは当日券はさすがに無いか。
まずはダメ元で公式チケット売り場へ。
電光掲示板を見ると29/8、REAL MADRID−BARCELONAの表示。
おいおい本当かよ、本当に今日なのか…
しかし、世界最高の一戦、当日券なんてあるのだろうか。
しかし、しかし、チケット売り場の電光掲示板に記載があるということは可能性があるのか。
窓口へ行って「Today's ticket?」と聞いてみる。
すると値段が掲載されたスタジアムの客席図を提示して「どの席だ?」みたいに聞いてくる。
え?チケットあるの?!本当に?クラシコだろ?
「Today?Madrid Barcelona Ticket?」と念のために確認すると「Yes」と。
本当かよ、クラシコの当日券が買えちゃうのか!
値段を見ると最も安い席がゴール裏で45ユーロ(≒4,500円)、最も高い席になると200ユーロ(≒20,000円)を超える。
ゴール裏はコアなサポーターが集まる所だし、反対側のゴール近くで試合が行われると殆ど何をしているか分からない。
次に安い席は60ユーロ(≒6,000円)のバックスタンド最上段。
体感できればなんでも良い、60ユーロの席を頼むと「No ticket」とのこと。
どの席なら買えるんだ?と聞くと95ユーロ(≒9,500円)の席ならあると言う。
メインスタンド最上段の席が95ユーロだった。
先ほどダフ屋が声をかけてきたときは100ユーロと言っていた。
ダフ屋の言い値よりも安い公式チケット、迷うことなく購入。
普通に考えればサッカーのチケットで95ユーロは高いが、クラシコとなるとそんな常識は通用しない。
クラシコといえば日本からそれだけで旅行代理店が観戦ツアーを組むくらいの一戦。
スペインで生クラシコを観たと言えばサッカー好きなら誰もが羨む出来事。
(それを羨まない輩はサッカー好きではないとすら思う)
それをマドリードに着いたその日に見学目的で行ったスタジアムで偶然開催されていておまけに当日券も買えてしまう。
1日でも旅のスケジュールがずれていたら巡り合えなかった僥倖。
更に僥倖を後押ししたのが試合開始時間、なんと22時30分のキックオフ。
考えてみれば私は20時過ぎに世界最古のレストランで両親と待ち合わせをしていた。
仮に日本のように19時キックオフだったらレストランに行けないところだった。
携帯電話も無いので連絡の取りようが無く、無断でドタキャンをしないといけなかった。
無断でドタキャンして迷惑や心配をかけて後で怒られたとしてもクラシコが生で観られればお釣りが来るくらいだとは思った。
しかし22時30分キックオフだと1時間前の21時30分に会場入りと想定しても20時から晩飯を食う時間は充分ある。
試合開始時間も含めて全てが理想的なクラシコ。
スペインへ行くにあたってバルサかレアル、どちらかの試合を生で観られたら良いなと思いつつも日程が合わずに断念していた。
しかしそれがまさかの両方同時観戦。
スペインサッカーのリーグ戦の日程は確認していたが、カップ戦の存在など考えてもいなかった。
旅のメインイベントだったユーラシア大陸最西端を制覇したことによるご褒美(誰から?)と思える僥倖。
クレジットカードで清算し、チケットを受け取る。
チケットを見ると確かに記載されている「REAL MADRID C.F. − F.C. BARCELONA」の文字。
イヤ、本当に信じられない、コレを観られるのか?
半信半疑のままテンションだけは異常に上がっている。
チケット売り場の係員によると21時くらいからゲートオープンだと言う。
世界最古のレストランで晩飯後にサンティアゴ・ベルナベウでクラシコ観戦とか贅沢すぎる夜。
キックオフは夜22時30分なので試合終了は確実に24時過ぎ。
私は夜行列車で今朝マドリードに到着したばかり。
世界最高峰の試合を観るには私もコンディションを整えた方が良いと判断し、夜に向けて体力を温存することに。
とりあえずホテルへ戻って休憩することにした。
地下鉄でアトーチャ・レンフェ駅からホテルへ戻る。
ホテルの部屋に戻り、途中で買った缶ビールを飲みつつ一息つく。
ふと着ている服を見ると前日にユーラシア大陸最西端を訪れたときと同じアディダスの紺色のTシャツ。
アディダスというのはレアルのユニフォームのスポンサー(ちなみにバルサはナイキ)。
一方で紺色というのはバルサのチームカラー(正確には青と臙脂、ちなみにレアルは白)。
服のブランドはレアルのアディダスながら色はバルサの青に近い紺。
サッカー観戦では着ている服の色というのは重要な意味を持つ。
その色がどちらかのチームの色だったりしたらそちらのチーム贔屓と見られても仕方ない。
これから観ようとしている試合はレアル対バルサ、スペイン最高峰かつ世界最高峰のサッカーの試合。
Jリーグの会場でも「ここから先はアウェイチーム席なのでホームチームカラーを身につけた方の入場はご遠慮ください」という表示があるくらい。
日本ですらホームとアウェイではそれくらい気を遣う、ましてやそれがサッカーの本場欧州かつ世界で最も注目されるエル・クラシコ。
海外サッカーの試合ではフーリガンと呼ばれる過激なサポーターが話題になることがある。
どういう状況でフーリガンが発生し、危険な状況になるのかは分からない。
私の席がどちら側になるのか分からないので、身の安全のためにも万全を期したほうが良い。
どちら側とも受け取られかねないアディダスの紺のTシャツはやめて、GAPの黒っぽいTシャツに着替えた。
黒はレアルのアウェイ用カラーではあったが、そこまで言い出したらキリが無い。
とりあえず着替えて、一方で脱いだTシャツは風呂場で洗濯。
後は夕方までとりあえず仮眠、と思ったところで両親が部屋に戻ってきた。
疲れたから一休み、ということだったらしい。
なんだ、これなら仮にクラシコが19時キックオフだったとしても無事にキャンセル出来たのか。
この日の僥倖を話し、そんなわけで晩飯は食事もそこそこに席を離れることを説明。
サッカーに疎い両親ながら、父はある程度クラシコの重大さを理解していた。
「野球に喩えるなら東京ドームで巨人−阪神を観るようなものだな」と。
当たらずとも遠からず、しかし巨人−阪神戦が世界から注目されるか?という話。
自国だけでなく世界のサッカーファンが注目することを考えればそのレベルは野球のソレ以上だろう。
要は日本では喩えようも無いくらいの伝統の一戦。
両親に説明しているだけでまた興奮してきて落ち着けない。
試合開始は22時30分で、世界最古のレストランでの食事は20時過ぎからの予定。
それまでどう時間を使おうかと思っていたが、さすがにただ寝ているだけではいくらなんでも勿体無い。
そこでプラド美術館へ行くことにする。
世界○大美術館に数えられることもあるスペインを代表する美術館。
この世界○大というのは諸説あり過ぎてなにが世界3大か4大か分からない。
一般的にはパリのルーブル、NYのメトロポリタン、サンクトペテルブルクのエルミタージュと言われているらしい。
これは昨年エルミタージュへ行ったことで制覇できた。
しかし諸説によると他にも台湾の故宮、スペインのプラド、イギリスの大英博物館などが入ることもあると言う。
故宮も大英博物館も行ったことはあるので、スペインのプラド美術館へ行けば文句無しに世界○大を制覇したと言えるだろう。
そのプラド美術館、18時からは入場無料になるという地球の歩き方情報。
美術館の閉館時間は20時、世界最古のレストランでの晩飯時間も20時。
時間的にも最適な組み合わせ。
おまけにプラド美術館はアトーチャ駅から近く、ホテルからも歩いて10〜15分で行ける徒歩圏内。
しかも無料で見られるとあっては行かざるを得ない。
仮眠した後、17時30分過ぎにホテルを出ると外は未だ夏の日差しが照りつけて暑い。
バルセロナやリスボンと同様、マドリードでもなかなか暗くなる気配が無い。
プラド美術館の周囲は公園(レディーロ公園や王立植物園)になっており緑も豊富。
ブラブラと歩いてプラド美術館前に到着すると凄い行列。
え?コレ皆18時の入場待ち?
人の多さに驚いたが18時が近くなると意外にも行列はスムーズに進む。
入場無料とはいえチケットは発券するらしく、チケット窓口で流れ作業のようにチケットをホイホイ手渡している。
結局18時10分過ぎには入場できた。
中へ入ってしまえば広い美術館内、ゴミゴミすることもなく快適に鑑賞できる。
とはいえプラド美術館、プラドと言えばこの名画!というような誰もが知っている代表的な作品があるわけではない(少なくとも私の乏しい美術知識では)。
地球の歩き方の受け売りになるが、半数以上がスペイン絵画で、一国の絵画を中世から19世紀まで一堂に集めている美術館は他に例を見ないとか。
館内には無料のパンフレットがあり、日本語版も存在。
とりあえずそこに紹介されている絵画を片っ端から駆け足鑑賞。
ゴヤとかエル・グレコとかベラスケスとかルーベンスとか聞いたことのある画家の絵がチラホラ(…なんて紹介だと怒られそうだ)。
全体的にプラドは宗教画が多い気がして重々しい雰囲気(ハリツケにされたキリストの絵なんて何枚あったことか)。
どことなくバラエティに欠けた気がすると言ってしまうのは失礼だろうか。
こういう巨大美術館の類にもれず、1日ではとても観て回れない。
それならば私のような一見ミーハー観光客は限られた無料時間内にパーッと回るのも1つの鑑賞方法だろう。
閉館の20時が近くなるとプラド美術館を出て世界最古のレストラン・ボティンを目指す。
店は両親が昼過ぎに訪れて予約しておいてくれた。
世界最古のレストラン
両親と店の前で合流、ディナーの開店(20時)直後だったが店内は既に満席。
予約していなかったら入れなかっただろう。
案内されると渡される日本語メニュー、それだけ日本人観光客が多いということか。
少なくとも見える範囲で2組は明らかに日本人観光客。
帰国してからネットを見ると日本語版の公式ホームページでオンライン予約も出来るようだった。
この店の名物は生後1ヶ月に満たない子豚の丸焼き。
大きいのを頼めば尾頭付きで出てくるが、量が多そうだったのでノーマル?を注文。
家族3人なら食べられないことも無かっただろうが、それだけで満腹になって食事の全てが終わりそう。
それよりは別々の物を頼んでシェアした方が色々楽しめる。
世界最古のレストランでワインと共に乾杯。
子豚の丸焼きは前評判通り、皮はパリッとして中はジューシーながら脂っぽすぎることもない。
まぁ定番っぽい感想しか浮かばないけれど美味しかった。
注文した料理を一通り食べ終え、ワインも空けて食事は終了。
コーヒーやデザートも…という両親を残し、私は早々に店を出る。
世界最古のレストランでの晩餐ですらこの夜の私にとっては前菜に過ぎない。
これから世界最高のサッカーの試合を堪能しなければならない。
逸る気持ちを抑えて地下鉄のソル駅へ。
それほど人が多いわけでもなく、レアルのユニフォームを着た人もいたが、そんな連中は街中にも沢山いる。
この日この夜に試合があることが未だに100%は信じられない。
しかしサンティアゴ・ベルナベウへの乗り換えとなるトリブナル駅のホームに着くと昼過ぎに来たときとは人の多さが桁違い。
そしてサンティアゴ・ベルナベウ駅で降りる大量の人波でこの日この夜に試合があることをようやく確信する。
試合開始のおよそ1時間前、21時30分過ぎにスタジアムに到着。
地下鉄の駅を出るとすぐ目の前に現れるスタジアムと人の群れ。
会場の周囲で既に出来上がっている人も多く、ブブゼラの音や野太い歌声も聴こえて非常に賑やか。
会場周辺の賑やかな雰囲気を楽しみたいと思う反面、試合開始まで1時間を切っている。
スタジアム内では選手の直前練習も始まるだろう。
チケットに書かれた入場ゲート番号を探し、この日2度目となるスタジアムに入る。
もぎりがいるわけではなく、チケットに印字されたバーコードをスキャンするとゲートが開く自動改札方式と意外にハイテク。
チケットを見てもスペイン語表記で席がどこだかサッパリ分からないのでスタジアムに入ってすぐに係員に聞く。
とりあえず外階段を上れ、とのこと。
階段の途中にも必ず係員がいるので心強い。
都度係員に確認しながら上ったら最上段まで来た。
そして階段を上りきって客席に足を踏み入れると、見えてくるピッチとスタジアム全体像。
最近ではサッカー、学生時代はプロレスを生で観る機会が多かった。
生でスポーツを観るとき、会場に足を踏み入れ、最初にピッチなりリングなりが見えた瞬間というのは否応無しに興奮する。
埋まり切っていない客席からはこれから始まることに対する期待感が詰まったざわめきが聞こえる。
どんなに前評判が大したことの無い試合でも、その瞬間の静かな興奮は確実に訪れる。
こうした期待感に包まれた空気というのは言葉ではなく、空気感として万国共通のものだということを実感。
おまけに私がこれから観ようというのは世界中のサッカーファンが注目するエル・クラシコ。
世界最高レベルの期待感に包まれている。
しばしその静かな興奮に身体を馴染ませてから自分の席を探す…といってもコレも近くにいた係員に聞くだけ。
ご親切に席の場所まで案内してくれた。
メインスタンドの最上段ながら前から2列目。
中央ではなくほぼゴール横の席ではあったが、後ろは通路で圧迫感も無く、当日券にしては悪く無い席だと思える。
客席には1つずつレアルのエンブレムが描かれた小旗が置かれてあり、どうやら持って帰って良さそうだ。
ピッチではゴールキーパー練習は始まっていたが、フィールドプレイヤーの練習はまだ。
日本でサッカーを観るときもそうだが、最初の盛り上がりはウォーミングアップで選手が入ってくるところ。
少しすると会場のざわめきが大きくなり、大歓声に変わる。
レアルの選手が練習のために登場したのだ。
未だ埋まりきっていない会場ながら物凄い大歓声、さすがはホーム。
そして大歓声よりも凄かったのがその少し後に入場してきたバルサの選手に対する大ブーイング。
大歓声も大ブーイングも耳にではなく、身体全体に響いてくる。
ウォーミングアップのために選手が入場して分かったのは私の周りは99%がレアルのサポーターだということ。
ホーム側のゴール裏に近い席だったというのもあるだろうが、バルサのユニフォームを着た人は一切見なかった。
選手の練習風景を眺めるが、遠いので誰が誰やらサッパリ分からない。
選手の登場で確かにクラシコが行われることは確信できた。
しかしメッシやクリスティアーノ・ロナウドらのスター選手が出るかどうかはスタメン発表まで分からない。
スタジアムに来るまでは本当に試合が行われるのか半信半疑だった。
スタジアムに入るまでは本当に入場できるのか半信半疑だった。
選手を見るまでは本当にクラシコが行われるのか半信半疑だった。
そして今、本当にスター選手が出場するのか半信半疑になっている。
贅沢な半信半疑のネタは尽きない。
選手の練習や歓声が一段落するとスポーツ観戦に欠かせないものが欲しくなった、勿論ビール。
海外ではフーリガン対策として会場でアルコールを出さない、ということもあるらしい。
ところが私の隣の席に座った兄ちゃんは明らかにビールを飲んでいる。
さすがに日本のように売り子が客席を回っているということは無い。
客席を出て探してみるとすぐに売店が見つかった。
缶ビールをプラスティック製のコップに移し変えているだけのビールだったが2ユーロ(≒200円)と良心的な値段。
席に戻って練習風景を肴にビール。
22時を過ぎても熱気で蒸し暑いスタジアム内。
熱さと暑さと高揚感、間違いなくこの旅で最高に美味いビールだった。
クラシコに乾杯
選手が練習を終えて引き揚げ、スタジアム内の観客も増えてくる。
そして試合開始前2度目の盛り上がりを迎える瞬間、スターティングメンバーの発表。
日本のそれと同じようにオーロラビジョンに顔写真が大写しになり場内アナウンスと共に紹介される。
まずはアウェイチームから紹介されるのも日本同様(…というか日本が真似たんだろうけれど)。
バルサ、選手が発表される度にブーイング。
シャビ(スペイン代表)、イニエスタ(スペイン代表)、そしてメッシ(アルゼンチン代表)。
スター選手であればあるほど敵地でのブーイングは大きいもの。
会場中がブーイングに包まれているので私としても黙っていたが、内心では「主要選手は殆どスタメンじゃないか!」と興奮しきり。
ホーム側のレアルのスタメン発表となると会場のテンションもひときわ上がる。
カシージャス(スペイン代表)、エジル(ドイツ代表)、クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル代表)。
こちらも主要選手は殆どスタメン。
ホームのレアル選手紹介なので私としても大っぴらに興奮できる。
ベンチ入りしていない大物もいたが(例.レアルのカカ、バルサのプジョル)、それらの選手は恐らくケガ。
出ている選手としてはほぼベストメンバーと言って良いし、何より海外チーム同士の対戦なのに殆どの選手の名前を聞いたことがある。
選手の殆どが代表選手(しかもサッカー先進国の代表)なのだからそれも当然か。
本当にスター選手が出るか否かの半信半疑も後はキックオフを残すのみとなった。
試合前だけで充実しすぎている。
旅行と同じで始まるまでが最も楽しいひと時かもしれない。
そして22時25分、選手入場。
ゴール裏では巨大な旗が客席を縦断し、観客は一斉に席に備え付けの旗を振る。
ボルテージが最高潮に達したところでキックオフ。
気が付くと8万人を収容するスタジアムは満席、私の周囲の席も完全に埋まっていた。
本当によく当日券を買えたものだと今更ながらに思う。
試合は序盤からレアルが押し気味に進める。
バックラインからの長いパス1本で抜け出してレアルが先制ゴール。
誰が決めたのかサッパリ分からなかったが点が入った瞬間にスタジアム中が揺れるかのような大歓声に包まれる。
周囲の現地人(?)は抱き合って喜ぶ。
隣の現地人(?)は飛び上がった拍子に持っていたナッツを床にぶちまけるという漫画的な展開を見せてくれた。
場内アナウンスとオーロラビジョンでイグアイン(アルゼンチン代表)がゴールを決めたことが分かる。
先制点からそれほど時間をおかずに似たような長い1本のパスから再びレアルがゴール。
再びお祭り騒ぎに包まれる場内。
そしてゴールしたのがクリスティアーノ・ロナウドというアナウンスがありさらに盛り上がる。
このゴール、生で観たときには分からなかったが、帰国して動画を見るとシュートにいたるまでのトラップが凄まじい。
後ろからのロングボールをダイナミックなヒールで浮かせつつ相手をかわしてシュート、そしてゴール。
まさに世界最高峰のプレーを観たんだ…ということに気付くのが帰国して動画を見てからだったというのもどうなんだか。
とにもかくにも2-0でレアルの押せ押せ状態に追い討ちをかけたのが前半でのバルサ選手の退場。
レアルのサポーターだらけの会場はますます盛り上がったが、純粋な第3者としてクラシコを観に来た方としては勿体無さを感じる。
どうせなら一方的ではなく、拮抗した試合が観たかったが、2-0かつ11人対10人だと結果は見えたようなものだった。
しかし0-2かつ1人少ない状況ながらバルサも良い動きを見せる。
特にメッシとイニエスタは小さいながらもヒョイヒョイスルスルとドリブルで抜いていくので遠目でもそれと分かる。
おまけにメッシは蛍光オレンジっぽい目立つスパイクを履いていてくれたのでよく分かった。
そして前半終了間際、私の席から最短距離でピッチが見える位置でのフリーキック。
蹴ったのはメッシ、そしてゴール。
この試合で初めてゴールの瞬間に誰が決めたのかが分かった。
しかもそれが世界最高の選手メッシ。
レアルサポーターだらけの会場は空気が漏れるかのようなため息と一部の歓声が入り混じった微妙な空気。
それにしてもクリスティアーノ・ロナウドが決めてメッシも決めるとかレアルもバルサも役者が揃いすぎ。
しかもこれがまだ前半とか贅沢すぎる。
ハーフタイム、ようやく一息つく。
試合があるのか、会場に入れるのか、本当にクラシコか、主要選手は出るのか…
全て半信半疑だったことは全て本当だった。
それにしても本当に現実なのか半信半疑なくらい出来すぎている。
そんな中、後半キックオフ。
バルサが1人少ないとは思えない内容で、一進一退の攻防。
大きなプレイの合間合間に大きな歓声やため息で慌しい。
終盤にレアルは移籍したばかりのクロアチア代表のスター選手モドリッチも途中出場(レアルでのデビュー戦)。
どちらも決定的チャンスはありつつも、キーパーの好セーブなどがあり点は入らず2-1でレアルがリードのまま。
試合の最終盤はバルサの猛攻。
仮にバルサが追いつくと2-2の同点になる。
もしも同点になったら延長戦になるのだろうか?
会場全体が逃げ切ることを願う雰囲気に包まれ、バルサがシュートを外すたびにこれまで以上の安堵のため息がもれる。
そして私は違う意味で安堵のため息を漏らす。
試合は後半の終盤で時刻は既に24時を回っている。
リーグ戦とは違い、勝者を決めるカップ戦のため引き分けは無いはず。
もしも延長戦になったら前後半15分ハーフで計30分。
仮に延長戦がなくてPK戦だったとしても10分はかかるだろう。
日付を越えて試合が終わり、帰りの地下鉄はあるのだろうかと不安になった。
このままレアルが逃げ切って勝ってくれないとホテルへ戻ることが困難になるかもしれない。
会場の観衆とは違う気持ちでレアルが勝ってくれることを望んでいた。
終了間際には本当にあわやというシーンの連続があり、観客と一体になりホッとしていた。
そしてそのまま試合終了。
最後の笛と同時にゴールしたときと同じように盛り上がる観客たち。
終わってみれば後半は点が動かなかったが、存分にクラシコの内容を堪能できた。
レアルが勝ったことで会場全体が一体感と達成感に包まれる。
逆にレアルが負けていたらあれだけのサポーターがどうなるのか想像するのも怖い感じだ。
試合終了直後
これは帰国後に知ったことだが、今回の試合はスーパーカップの2戦目だった。
1戦目は1週間前にバルセロナのホーム・カンプノウで行われていてそこではバルサが3-2で勝っていた。
2戦目がこの日のレアルのホームで行われ、結果はレアルが2-1の勝利。
2戦合計のスコアだと3-3のドロー、しかしレアルがカンプノウで2点取っているのでアウェイゴールの差でレアルの勝ちだったらしい。
もしこの日の試合でバルサが2-2の同点に追いついていたら、2戦合計でバルサの1勝1分という結果になっていた。
レアルからしてみたら1点取られて引き分けにされることは負けを意味していた。
最後のあの会場全体を包んだ一体感と達成感はそんな背景もあったんだということを帰国して初めて知った。
つまり私は別に終電の時間を気にする必要は無かったということにもなる。
色々ありつつも夢のような試合が終わったのは0時20分過ぎ。
今回の試合は何試合も勝ち抜いて優勝する大会ではなく、ホーム&アウェイで1戦ずつ争うだけの大会。
それでもスペインの王者同士が戦ういわばタイトルマッチ、実際にスペインスーパーカップを争うカップ戦。
その試合が終わったので試合終了後にはトロフィーの贈呈などのイベントもあった。
しかし時刻が0時30分近くなり、私には帰りの時間の方が気になってしまっていた。
このまま会場にいても帰りの不安だけが大きくなってどっちにしろ楽しめない、そう判断してスタジアムを後にした。
スタジアムの階段では早くも急ぎ足で帰ろうとする人が沢山。
レアルが勝ってご機嫌なのだろう、歩きながらずっと合唱している集団も。
スタジアム周辺は0時30分過ぎとは思えない人ごみ。
人が旗を振って喜び、車も祝いのクラクションを鳴らして徐行する。
スポーツニュースで海外サッカーを特集するときに見たことがある、という光景がまさにそこにあった。
スタジアムの中にも相当数の観客が残っていたのに外にも相当数の観客が盛り上がっている。
そんな状態でスタジアムからQUEENのWE ARE THE CHAMPIONSが聴こえてきた。
まさに優勝を祝うための曲、スタジアム周囲で唄いだす連中も。
これは会場内で聞きたかったなーと思うも、スタジアムを離れる最高のBGMでもあった。
終電が不安だったが地下鉄の駅へ行くとホームから溢れんばかりの人。
当然だが皆がクラシコ帰りの客。
最後のセレモニーを観ない状態でこの混み具合だとしたら最後までスタジアムにいたら帰りはどうなってしまったのだろう。
深夜なので地下鉄はなかなか来ない。
ようやく来た地下鉄に大勢の人が乗り込むが、日本の通勤電車のラッシュアワーに比べれば大したこと無い。
幸いにして乗り換えでも地下鉄が無くなることはなく、ホテル最寄のアトーチャ・レンフェ駅に到着。
深夜で誰もいない道を歩いてホテルまで戻る…とドアが開かない。
時刻は1時20分過ぎ、ホテルの正面玄関が閉められていた。
慌てて周囲を見るとドアの脇にインターフォンがある。
押してみると建物内からガラス越しにホテルマンが出てきた。
「カードキーをかざせ」というようなジェスチャーをする。
なるほど確かにドアの横にカードリーダーっぽい機械があった。
カードキーをかざすと無事に開いたドア。
セキュリティがしっかりしているホテルだということだろう。
1時20分過ぎ、クラシコから無事に帰還。
部屋に戻ると両親は完全に眠っていて、私が戻ってきたことにも気がつかない様子。
この日の朝にリスボンからマドリードに到着したと思ったらその夜にはクラシコ観戦。
これまでの私の旅歴の中でも最大のハプニングかもしれない。
しかもそれが最大かつ最良のハプニング。
メインイベントだと思っていたユーラシア大陸最西端の翌日にまさか更にビッグなイベントが待っていたとは。
前日はユーラシア大陸最西端やらベレンやらへ行きつつも夜行列車でそのままマドリード入り。
丸2日も風呂に入っていないことになるので1時20分過ぎの疲れた身体でも風呂は済ませた。
AM2時すぎ、この旅で最も長く充実した日といえるであろう1日が終了。
参考資料、この日の試合の動画→1・2(いつ消されるか分からないが)
朝起きるとTVのニュースでは前夜のクラシコの結果を放送していた。
試合終了後はカップを掲げたりピッチで集合写真を撮ったりなどのセレモニーがやはりあったようだ。
時間が遅くなかったら最後まで観られていたのが唯一の心残り。
一夜明けて思ったのが「この先、これ以上の試合を生で観られることがあるのだろうか」ということ。
海外サッカーだとチャンピオンズリーグ決勝か近年は低迷しているとはいえ格ではイタリアのミラノダービーくらいか。
しかしそれでも前日のクラシコばりのメンバーが揃うのは至難の業。
残るは感情移入という点では最高潮に達するであろう日本代表のワールドカップ最終予選か本戦くらいしか思いつかない。
いずれにせよ一生モノの経験をしたことだけは確かだ。
朝食は例によってバイキングだが、このホテルではワインやシャンパンまで置いてあった。
さすがに誰も飲んでいないようだったがワインはともかく、シャンパンは1度開けたら飲みきらないといけないだろうに。
起きたばかりで酒、というのも魅力ではあったが身体が欲しようとしなかった。
この日の観光予定はマドリード郊外の町トレド。
「スペインに1日しかいられないならトレドへ行け」という名言があるとか無いとか。
マドリードからトレドまでは高速列車とバスが出ている。
列車の方が早いがバスの方が安い。
行きは早い方が良いだろうということで列車を選択。
ホテルを出て歩き、スペイン国鉄RENFEのアトーチャ駅に着いたのが10時20分頃。
窓口でトレドまでの特急列車の切符を買う(11.9ユーロ≒1,190円)と次の列車は約2時間後とのこと。
ちょうど10時20分発の列車が出たばかりだった。
予想外の空き時間が出来てしまったので時間を潰すためにマドリードの街歩き。
前日には行っていなかった王宮とアルムデーナ大聖堂へ。
中へは入らなかったが、外観だけでも充分に立派。
それらを経由してオリエンテ広場からソルまで歩いて前日にも行った立ち飲みバルへ。
ホテルで朝一からワインを飲む気にはなれなかったが、好天の中を歩いた後だと朝からビールが美味い。
立ち飲みで気軽に1杯100円程度のグラスビールが飲めるような店は日本にも欲しい。
アトーチャ駅から王宮周囲を経由してビール1杯飲んでアトーチャ駅に戻るルートで約1時間半。
理想的な時間の使い方とは思えたが、午前中から歩きすぎた気もする。
アトーチャ駅からトレドへ向かう高速列車AVANTに乗る。
新幹線のような車内、おおよそ満席、見る限り殆ど観光客。
12時20分に発車し、約30分でトレドに到着。
なんだか早すぎてありがたみに欠ける、東京から新幹線で小田原に行ったような感覚か。
トレドの駅も主要都市と同じで町の中心部ではない。
駅からバスまたはタクシーで町の中心部に向かう。
タクシーは定額制4.5ユーロ(≒450円)とのことだったので両親と3人だしタクシーに乗る。
歩いても20分ほどというトレドの中心部までだったが、坂が多かったのでタクシーが正解。
10分もしないうちにトレド観光の中心となるソコドベール広場に到着。
広場からソコトレンなる列車のような形をした観光バスが走っており、トレドの町と周囲を回ってくれる。
トレド全景を見渡せる展望台へも行けるということで手っ取り早く観光をするには有効。
1人約5ユーロ(≒500円)でソコトレンに乗る。
各座席にイヤホンが挿せるようになっていて、日本語も含めて案内の言語を選べる。
観光バスが走るシーンに合わせて案内の音声が流れる。
グエル邸の音声ガイドでも同じことを思ったが、こういうガイドの声はどれも片言に感じる。
日本人以外が話しているのか、教科書の説明のような語り口なので必然的に片言になるのか。
基本的にバスに乗ったままだが、1番のハイライトになるトレド全景が見渡せる高台ではバスを止めての休憩時間が取られる。
ガイドブックで「トレド」として最も紹介されることが多いであろう写真と同じ景色が目の前に。
なるほど有名なだけあって見事な景色に加えて天気も晴天。
街の見所はバルセロナに劣る感のあるマドリードだが、トレドを加えるとその価値はだいぶ上がる気がした。
誰もが記念撮影
トレドを紹介する文言として「エル・グレコが描いた頃と変わらない風景」というものがあった。
だが、前日のプラド美術館でいくつかエル・グレコの絵を見たが、トレドの風景画なんて無かった気がする。
帰国後に調べたらトレドにある「エル・グレコの家」に文字通り「トレドの景観と地図」という絵があったとか。
まぁ敢えて絵で見なくても実物が見られたから良いでしょう。
最大のハイライトだった展望台を過ぎ、町ごと城壁に囲まれたトレドに戻ってくる。
約1時間でソコドベール広場に帰着。
こうした典型的な観光バスみたいなのは敬遠していたが、実際に乗ってみると主要ポイントを押さえてくれるので良い。
1人だと乗る気にはならなかっただろうから両親様々といったところか。
ソコドベール広場からカテドラル方面へ町をブラブラ。
カテドラル近くに地球の歩き方に載っている老舗レストランがあったのでそこで昼飯にしようと思った。
しかし行ったら開いていない。
改めて地球の歩き方を見ると「休・日曜、8月」の文字。
トレドよ、お前もか。
典型的観光都市のトレドの主要観光地であるカテドラル前にあるレストランですら8月を丸々休むという状況。
バルセロナでも思ったが、もう少し頑張って働けばもう少し景気良くなるんじゃないか?
その老舗レストランのすぐ脇にもレストランがあったのでそこに入る。
自由に選べるメニュー2品とドリンク(アルコール含む)のセットで1人9ユーロ(≒900円)。
味はまぁ可も無く不可も無いごく普通だったが、コスパを考えれば良い店と言える。
旅先ではこういう予期せぬ当たりの店があるから侮れない。
食後、トレドの石畳と迷路のような細い道を歩きつつバス停へ向かう。
トレドの町を訪れたことのある人が「ドラクエに出てきそうな町」と言っていたのが頷けた。
城壁に囲まれた中世風な町並みはそのままドラクエの世界に出てきても違和感が無かった。
バス停に到着したは良いが、時刻表を見るとトレドのバスターミナルへ向かうバスは「1時間に1本」という記述しかない。
バスが行ったばかりなら1時間待たないといけないし、逆に数分で来る可能性もある。
なかなかバスは来ないが、いつ来るか分からないのでそう遠くへも行けない。
土産物屋を冷やかしたりしつつもバスを気にしないといけないのでどうにも落ち着かない。
これならある程度は時間が決まっている列車の方が良かったかもしれない。
まぁでも慌てるような旅ではないので気長に待つ。
前日があれだけ充実していたのだから、この日は中世の町並みと共にゆっくり時間を過ごすのも良い気がした。
来ないかと思われたバスだが、ちゃんと来てくれてトレドのバスターミナルまで1.5ユーロ(≒150円)。
到着したバスターミナルは観光都市のターミナルらしく時刻表もしっかりしている。
マドリード行きのバスは30分後の17時30分発で4.98ユーロ(≒498円)、列車と比べると半額以下。
出発まで30分ほど時間あったのでバスターミナル内のカフェでビール1.2ユーロ(≒120円)。
時間が近付いたのでバス乗り場へ行ってみるが、時刻表に書かれた時間とバス乗り場にかかれた時間が1分違う。
果たしてこのバスで良いのだろうか?
同じように戸惑っていた日本人の若者グループから「コレで良いんですかね?」と声をかけられた。
こちらもよく分からなかったのでバスの運転手に聞くと大丈夫とのこと。
それにしても案内表に掲示されていた1分の違いはなんだったのだろうか。
電車と違ってバスの方がその辺はルーズな気がする。
マドリードへ向かうバスは日本の長距離バスと大差ない車内。
高速列車なら30分弱で到着したところをバスだと50分ほど。
列車とバスの値段比を考えると妥当な結果。
それほど疲れていたとも思えないが、バスに乗るとウトウトしてしまう。
バスが到着したマドリードのエリプティカ・バスターミナルは地下鉄駅と繋がっている。
そのまま地下鉄に乗り、アトーチャ駅に到着したのは18時30分過ぎ。
この日の観光予定の締めはアトーチャ駅から歩いて数分のソフィア王妃美術館。
マドリードではプラドと双璧をなす美術館。
プラドが18時から入場無料になるのと同じように、ソフィアも19時から入場無料になる。
ゆっくりソフィア美術館へ向かい、19時の入場を待つ列に並ぶ。
プラドと同じように19時になると行列もスムーズに進んで無料チケットを貰い入館。
閉館は21時なので、両親とは21時に入口前で待ち合わせをして自由行動。
プラドは荘厳な宗教画が多かったのに対し、ソフィアは近代画も豊富。
そしてプラドには無くてソフィアにあるもの、それは美術素人でも「コレ!」と分かる美術館を代表する作品。
それはピカソのゲルニカ。
ゲルニカだけはソフィア美術館の中でも別格の扱いを受けていた。
フラッシュを焚かなければ撮影可能な館内でもゲルニカは撮影不可。
さらに巨大な絵の周囲には線が引かれていてそこから先は立ち入り禁止。
さらにさらに絵の両端には専属の警備員が1人ずついて絵を完全ガード。
なにもそこまでしなくても…と思えるほどの防御体制だった。
ゲルニカのある部屋の周囲はゲルニカを作る過程で描かれたデッサンが多数展示されていた。
絵を構成する各部分を細かく描いてある。
そうしたデッサンの積み上げから大作が生まれるのだということが分かる展示だった。
ソフィアでピカソ以外に印象的だったのはダリ。
シュルレアリスムの意味不明な絵ばかり注目されるかもしれないが、普通の絵(…と言ったら語弊があるか)もかなり繊細で巧い。
これもダリなんだ、と感心する絵が多かった。
近代画やポップアートまで含めてプラドと比べるとソフィアの方がバラエティ豊かだった。
ニューヨークで例えるなら伝統のメトロポリタン=プラド、革新のMoMA=ソフィアな印象。
ピカソのゲルニカがソフィアに展示されるまではMoMAにあったというのも頷けた。
広い館内を歩いているとアクシデント発生。
サンダルの靴底が剥がれてパコパコになってしまった。
2008年のインドから履き続けてきたサンダル。
ガンジス河に浸かり、南半球も歩き、ユーラシア大陸の最南端と最西端へも辿り着いた。
スニーカーとサンダルの間みたいな履物で、サンダルでありながらつま先も保護してくれてインドの満員列車では大いに助けられた。
1万円を超える買い物だったがデザインも気に入っていたので夏場の旅はいつもこれだった。
買って4年、しかも旅先だと普段以上によく歩く。
残念ながら寿命かと思いつつも旅先でダメにならなくても…
不幸中の幸いは旅の後半でダメになったということか。
サンダルを引きずるように行儀悪くズルズル歩いて美術館鑑賞。
前日のプラドはその後に控えるクラシコを思うと落ち着いて鑑賞できたとは言い難い。
一方でこの日は後に控えるものも無かったので時間が許す限りは落ち着いて鑑賞できたと思う。
21時前、ソフィア美術館を出ると周囲がようやく暗くなってきた頃。
晩飯は両親と共にマヨール広場近くのバル、メソン・デル・チャンピニョン。
地球の歩き方にも載っているマッシュルームが有名な店。
写真入りのメニューで分かり易い。
定番のマッシュルームはチョリソとパセリ、レモン汁で味付けしたものらしい(by地球の歩き方)。
あまり日本ではお目にかかれない感じの大きなマッシュルームは肉厚ジューシーで美味。
シンプルな料理ながらこの日までに食べた料理の中で最も美味しかったと思う。
10個入り1皿で6ユーロ(≒600円)強、それ以外はサラミやチーズなどを注文しつつ食べたが父が一言。
「考えてみればコレ(サラミやチーズ)って朝食バイキングで食べ放題だったな」…ごもっとも。
我々が泊まったホテルの朝食は充実しており、ガスパチョなるスペイン名産の冷製スープやスペイン風オムレツのトルティーリャ・エスパニョーラなんかも普通にあった。
でもこのマッシュルームはホテルの朝食では出てこなかった。
結局マッシュルームは2皿平らげ、この日の全予定を消化。
地下鉄でアトーチャ・レンフェ駅に戻り、ホテルへ戻る道の途中にある個人商店へ。
ビールを買おうとすると店員が困ったような顔で「22時以降は売れない」というようなことを言う。
法律的な縛りか何かがあるらしい、と思ったら持っている鞄の中にビールを入れろ、というようなジェスチャーをする。
どうやらそれなら売れるらしく、要はその店で買ったということが分からなければOKのようだ。
禁酒法時代のアメリカのようだ(…って知らないけど)。
コチラは100%観光客だし、そこまでシビアにすることも無いだろうし、向こうも売れた方が良い。
お互いの利害が一致したと言うか、法律?といえども末端の市民からしたらこんなもんだよなという感じか。
前日は朝のマドリード到着から日付を跨いだクラシコまで盛りだくさんの1日だった。
それに比べると中世の町をゆったり歩き、美術館鑑賞で締めたこの日は旅のバランスをとるのにちょうど良かったのかもしれない。
朝の9時に起床したが、この旅で特にコレと言った明確な予定が無い日は初めて。
それだけ充実している旅ということだろう。
旅程を検討する際に、7日間でバルセロナ・リスボン・マドリードの滞在をどう分配するか悩んだ。
均等に2日ずつ分配して残り1日をどこに充てるか。
街の見所という意味ではバルセロナに軍配だったが、旅の後半となるとマドリード。
最後に慌しくマドリードを2日で離れるよりも最後に余裕を持ってマドリードを離れた方が良いと思った。
結果的に旅のスケジュールは間違っていなかった。
何よりスケジュールが1日でもずれていたらクラシコ生観戦は無かったわけだし。
しかし事前にマドリードで行こうと計画していた所はトレドも含めて前日までに行ってしまった。
結果、マドリード最終日は特に目的が無い。
翌日にはスペインを離れるのでマドリード最終日=スペイン最終日。
最終日は余韻に浸るのも悪く無いだろう。
そんなことを思いつつゆっくり朝食。
食後、外出する前に靴底が剥がれたサンダルの補強。
旅ではいつも念のための救急用具として絆創膏、ガーゼ、ホワイトテープなどを持参している。
幸いこれまでの旅では1度も使うことはなかったが、初めてホワイトテープを使うことになった。
初めて使う救急用具が自分のケガではなく、サンダルのケガとは不思議なものだ。
剥がれた靴底を固定してホワイトテープでグルグル巻きにして補強。
どうにかまともに歩ける状態に回復して外出。
どこへ行くにもとりあえずはマドリードの中心であるソルを目指す。
いつもの旅なら余裕で歩く距離だが、サンダルの状態が気になったので素直に地下鉄を使う。
ソルからはこれまで行っていなかった街の北側へ。
デパートを含めて様々な店が立ち並び大勢の人で賑わうプレシアス通りとカルメン通りなどをウロウロする。
スポーツ用品店やクツ屋、デパートで良いサンダルがあったら買おうと思ったがなかなかコレというものが無い。
惜しいのはいくつかあったが、結局何も買わなかった。
この旅も終盤だし、インドからお世話になっている今のサンダルを履き潰して有終の美を飾ろうと思った。
街歩きを再開し、オリエンテ広場、サバティーニ庭園を経由してスペイン広場へ。
スペイン広場と言うとイタリアのローマを連想するがこちらはスペインにある正真正銘のスペイン広場。
しかし国名が付いた広場なのに自国のよりも他国のイタリアにあるスペイン広場の方が有名というのも妙な話だ。
スペインにあるスペイン広場も立派な観光地。
今や日本ではディスカウントショップとしての印象の方が強いドンキホーテの像が立つ。
勿論ドンキホーテはなんとなく知っていたがスペインの物語だということは今回の旅で初めて知った。
帰国してネットで調べると聖書の次に世界的に出版されているという。
そんなに凄いものだとは知らなかった。
日本ではあまり品が良いとは言えないディスカウントショップの名前になってしまっているのが申し訳なく思った。
ドンキホーテを見下ろすのは作者セルバンテス
好天のスペイン広場で少し休憩してからデボット神殿を経由してゴヤのパンテオンへ。
どちらの施設も入場無料だから行ってみた。
デボット神殿はエジプト政府からスペインに贈られたエジプトの神殿だとか。
入場無料ではあったが中は暗く、それほど見所も無い。
ただ周囲が小高い丘の上の公園になっていて眺めは良かった。
ゴヤのパンテオンはゴヤが天井画などを描いた聖堂でゴヤの墓もある。
入場無料ながら他に観光客は誰もいなく、狭い聖堂内ながら独占。
ゴヤの絵はプラドでも見ていた。
地球の歩き方の情報によるニワカ知識ではあったが、後期の絵はいかにも暗さに満ちていた。
一方で普通の絵(?)も描いていたり宗教画も描いていたり、芸術家の多才さを改めて感じさせる。
他に観光客が来たところで私は退散。
すぐ近くにカサ・ミンゴなるバル?レストラン?があるという地球の歩き方情報。
シドラなるリンゴ酒(日本だとシードルと呼ばれることが多い)が名物とのことで行ってみる。
歴史を感じさせるような店内でとりあえず名物のシドラを注文。
メニューを見るとシドラは5.5ユーロ(≒550円)。
店によってはグラスビールを1ユーロ(≒100円)で飲めるマドリードにしては高めなのはやはり観光地料金か。
そんなことを思っていたら出てきたのはワインのフルボトルに相当する750ml。
え?コレ全部で5.5ユーロ(≒550円)?前言撤回、安い。
しかし1人で全部飲めるかなと思ってボトルのラベルを見るとALC4.5%という表示。
ビールより低いアルコール、750mlなら缶ビール2本未満と考えれば余裕だ。
まさにリンゴソーダ酒、という感じのシドラ、ツマミにオリーブとウィンナーを頼みつつ飲む。
オリーブの酢漬けはメニューでも最安のアペタイザー欄に掲載されていて頼み易い。
黙っていてもお通し的に出てくる店もあり、日本で言う枝豆的な扱いで重宝した。
気がつけばシドラのフルボトルも余裕で消化していた。
プリンシペ・ピオ駅を経由し、スペイン広場へ戻りグラン・ビアなる大通りを経てソル周辺へ戻ってきた。
近くのカフェ?でビールの中ジョッキ1.2ユーロ(≒120円)に惹かれて小休止。
朝に緊急補強したサンダルが気になるので敢えてゆっくり歩くことにより、街歩きとしては堪能した気がする。
地球の歩き方を眺めつつ残り時間で行けそうなマドリードの見所を探す。
するとシベーレス広場なる所が目に付く。
レアル・マドリードが優勝したときにサポーターが集まるところとして有名との情報。
ホテルへ戻る道の途中だったのに加え、私も一昨日からニワカのレアルサポーターになっていたので寄ってみる。
大きく立派な建造物(コムニカシオネス宮殿というらしい)の前の交通量が多いロータリーと共にあるシベーレス広場。
もしかしたら一昨日の夜のココは大騒ぎだったのかもしれない。
事前に知っていれば一昨夜の帰りに寄…る元気は無かったかもしれない。
プラド美術館周辺の緑が多い通りを経てホテルへ戻って小休止。
途中でビールを購入しようとしたがちゃんとしたスーパーだとビールは冷えていない。
個人商店のような小さな店だと冷蔵庫に入った冷たいビールがある。
22時以降はビールを売れないという個人商店の店もあったし、やはり何らかの規制があるのだろうか。
まぁ観光客は細かいことを気にせずに冷えたビールを買って0.7ユーロ(≒70円)。
なお、冷えていないスーパーのビールだと0.6ユーロ(≒70円)、10円の差なら冷えているビールを買おう。
ホテルへ戻り、ビールを飲みつつ休憩と旅の振り返り。
スペインでの予定は全て遂行できたと言って良いだろう。
スペインを代表するものながら観もしなかったしその気も無かったのがスペインの国技、闘牛。
これまで闘牛と言うとマタドールが赤い布をヒラヒラさせて牛をいなして踊る?だけで終わりだと思っていた。
しかし地球の歩き方を見ると最後は牛を剣で刺し殺して終わりだとか。
ますます観ようと思わないわ。
殺された牛はその場で食肉用に出荷されるとか。
それで思い出した闘牛の有名なジョーク。
スペインのとある闘牛場の隣にはレストランがある。
そこでは、闘牛士によって力尽きた哀れな牛たちの睾丸が珍味として振舞われていた。
客「いつものをお願いするよ。」
給仕「かしこまりました。・・・お待たせしました。」
客「今日のはやけに小さいなぁ。今日は子牛が相手だったのかい?情けない闘牛士だな!hahahaha!」
給仕「はい、情けない闘牛士でしたので今日は牛が勝ちまして・・・」
あながちジョークでもない…わけないか。
スペイン最後の晩餐はスペイン料理のコシードが有名な店へ。
地球の歩き方でもボティンの次に載っているラ・ボラという店。
スペインはどの店も夜のスタートが遅く、夜の部が開店する20時30分に入店。
ボティンと同じように日本語メニューを渡される。
我々の隣の席に座ったのも日本人だった。
例によって3人でそれぞれ違うものを注文してシェア。
コシードは壷の中に肉・豆・野菜とスープが入っている。
まずは壷の中のスープを飲み、次に壷の中の具を食べる1度で2度美味しい、みたいな料理。
トンコツっぽくもある不思議なコクを感じさせるスープは味わったことが無い味で美味しかった。
他の料理も基本的にそのダシ?を使っているのか美味。
前日のマッシュルームは予想通りの美味しさ、この日のコシードは初体験の美味しさだった。
マドリードでの食事はどれも当たりだった気がする。
食後、マドリード最後の夜はフライデーナイト。
敢えてレストランの最寄り駅からは地下鉄に乗らず、心なしかこれまでよりも賑わっている気がするソル周辺まで歩く。
賑わいが名残惜しかったがもう何をするでも無い。
地下鉄に乗ってホテルへ戻り、スペイン最後の1日が終了。
朝食を済ませてチェックアウトの準備。
両親はまだスペインに滞在するが、この日にマドリードからセビリアへ行くのでホテルは一緒にチェックアウト。
私はスペインを離れてロンドンへ行くことになる。
ロンドンでユーロは使えないので両替の出来ない小銭は両親に託す。
午前中にホテルをチェックアウトし、アトーチャ駅へ。
そこから両親はセビリアへ、私は空港に向かいロンドンへ。
バルセロナと同じくスケールの大きなひと時の別れ。
但しバルセロナと違うのは次に会うのは日本、ということか。
両親を見送って私に残されたのは旅の終わりへのカウントダウン。
マドリードの空港へ向かうには少し時間が早かった。
しかし、荷物を持ったまま改めてマドリードの街歩きをする気にもならなかった。
遅くなるよりは早めに空港へ行ったほうが良いだろう。
地下鉄を2度乗り換えて約1時間で空港駅に到着。
空港駅に到着した時点で出発まで2時間半という余裕のスケジュール。
この日まで使っていた地下鉄の回数券が2回分余っていた。
時間もあるのでこれから街に出る日本人がいたら差し上げようと思い、地下鉄の券売機近くでそれっぽいのを探す。
しかしバルセロナやマドリードの街中では簡単に見つかった日本人が何故か空港ではなかなか見つからない。
東洋人っぽいのはいるが決定的に日本人と思えるのがいない。
日本人以外にあげても良いのだが、私の拙い英語で巧く伝えられる自信が無かった。
15分ほど待ったが結局日本人っぽいのは現れず。
そこまでして2回分の回数券に拘ることも無いとその場を離れた。
イベリア航空のカウンターでロンドンまでの航空券を発券してもらう。
搭乗口は空港の随分端っこまで行かされるなと思ったらパスポートチェックがあった。
イギリスは入国審査不要のシェンゲン協定に加盟していないから出国審査ということだろう。
飛行機は12:20すぎに搭乗開始。
私は窓側の席を発券してもらっていたのだが、3人がけの窓側の席には小学生くらいの男の子と隣にその母親。
窓側は私の席なんだけど…と思ったが機先を制して母親からスミマセンね、という感じでニコッと頭を下げられる。
そうされると「窓側は私の席だ」と大人気ないことは言えずおとなしく通路側の席に座る。
12:50頃に動き出した飛行機だが離陸したのは13:20頃。
スペインを代表する航空会社のイベリア航空だが機内サービスは有料。
この辺は格安航空券と変わらない。
通路側の席だと景色を楽しめるわけでもなく、ロンドンに関しては予習すべき資料を何も持ってきていない。
必然的にウトウトするくらいしかなく、離陸から約2時間後のスペイン時間15:20頃にロンドンのヒースロー空港に到着。
ロンドンとマドリードの時差は1時間、マドリードの15:20はロンドンの14:20。
リスボンと同じで到着したら1時間戻るというのは理想的な時差(以降の時間はロンドン時間)。
ロンドンでは入国審査がある。
何日滞在?サイトシーイング?次はどこへ行く?航空会社は?などと簡単ではあったが質問もされる。
過去の海外旅行を振り返ってもちゃんとした入国審査を受けるのは実に久しぶりな気がした。
ロンドンへ来るにあたり、地球の歩き方などのガイドブックは一切持ってきていなかった。
ガイドブックもなければ現地通貨やホテルまでの移動手段など何の情報も仕入れていない。
最後に1泊だけする都市だし、英語も通じるし、地図は観光案内所で無料のものが貰えるだろうと思った。
空港内に観光案内所のようなスペースがあったので行ってみたが地図は3ポンドとの表示。
大体どこの国でも無料の地図はあるはずなので買うのは最後の手段としてとりあえずホテルまで行くことにする。
イギリス通貨のポンドを持っていなかったので空港内の両替所で最低限の両替をすることに。
手元にとりあえず40ユーロ(≒4,000円)あったので両替。
40ユーロ(≒4,000円)が手数料込みで24.8ポンド、1ポンド≒160円って高い気がした。
帰国後にクレジットカードで換算されたレートを見ると1ポンド≒126.59円。
空港だからレート悪かったのか、或いは考えたくないが何か誤魔化されたか。
両替やレートに関しても全く情報を持っていなかったのが災いした。
現金両替の160円とクレジットカード換算の126円では開きがありすぎるが、今回の旅記では1ポンド≒127円で記載する。
経緯はどうであれとりあえずお金は手に入れられたので街を目指す。
アンダーグラウンド、チューブなどと呼ばれる地下鉄駅へ。
ホテルはラッセル・スクエア駅のすぐ近くということは分かっていた。
タッチパネル式の券売機は日本語表記もあり、クレジットカードが使えた。
この時点ではクレジットカードの両替レートは知らなかったが、空港での両替で現金がなんとなく高いという勘は働いていた。
クレジットカードを使えるところは出来るだけ使おうと思い、切符もクレジットカードで購入。
ヒースロー空港からラッセル・スクエア駅まで5.3ポンド(≒673円)。
駅の係員にラッセル・スクエア行きを聞くとちょうど止まっているのがそれだという。
ピカデリーラインという路線が乗り換えなしで空港からラッセル・スクエアまで行ってくれる。
翌日の帰国の際にもこの路線で戻ることを考えるとどのくらい時間がかかるかは把握しておいた方が良い。
路線図を見るとラッセル・スクエア駅までは結構な駅数。
地下鉄ながら出発してからしばらくは地上を走っている。
外の天気は曇り、今回の旅ではロカ岬を除いてはことごとく好天だったが最後のロンドンは曇り。
なんとなくロンドンと言うと霧や曇りや雨の印象がある。
11年前の卒業旅行で訪れた際にも軽く雨に降られたし晴れの印象は無かった。
先日のロンドン五輪をTVで見ていて、何かの競技を実況していたアナウンサーの言葉を思い出した。
「ロンドンでは晴れを表す言葉はあまり無いが、曇りや雨を表現する言葉は沢山ある」
そういうお国柄が表れるエピソードってなかなか良い。
結局1時間ほどかかってラッセル・スクエア駅に到着。
ホテルはラッセル・スクエア駅のラッセル・スクエアと言う広場の目の前にあるラッセル・ホテル。
旅の最後のホテルになるのでチョット良いホテルを予約しておいた。
レトロで重厚な雰囲気の建物、外観だけでテンションが上がる。
タイタニック号の内装をデザインした何某という人がデザインした由緒ある建物らしい。
中も歴史を感じさせる作りではあったが、外から見たのに比べると意外に狭い。
チェックインして部屋に入ると海外では珍しいシングルルーム。
とはいえ海外仕様のベッドなのでシングルでも充分な大きさ。
部屋はこぢんまりとしているが綺麗だったしバスタブも付いていた。
ロンドンのホテルは高くて狭いというので有名らしいが、ココは当たりと言って良いだろう。
唯一の難点は冷蔵庫が無かったことくらいか。
翌日夜の飛行機で帰国してしまうのでロンドンを観光できる時間は約24時間。
ホテルの部屋でゆっくりするよりも観光!ということで街へ出る。
とはいえ前述のようにガイドブックも地図も何も持っていない。
ホテルのフロントへ行き無料のシティマップは無いか聞いてみると快くくれた。
ホテルがココでこの辺りが繁華街でとご丁寧に説明までしてくれた。
11年前にも訪れているロンドンだが、殆ど覚えていない。
とりあえずラッセル・スクエアから徒歩数分のところに大英博物館があるので行ってみる。
路上で地図を見ながら道を確認していると「Excuse me?」と話しかけられた。
見ると東洋人観光客に見える1人の若者、しかし旅先で安易に声をかけてくる輩は警戒に値する。
「I want to go Thames river(テムズ河)」というようなことを言ってきた。
どうやら単純に道を聞きたかっただけらしい。
とはいえこちらもさっきロンドンに到着したばかり。
「Just a moment」と言って地図を見る。
すると「Are you Chinese?」と聞いてきた。
「No Japanese」と答えた瞬間に“今の日本と中国って尖閣問題でヤバイ関係だった。彼が中国人だとまずいかも”と脳裏をよぎった。
すると「あ、日本の方でしたか」と返された「あ、そうです」と。
お互い日本人だと気付かなかったらしい。
そうと分かれば話が早い。
「イヤ、僕もさっきロンドンに着いたばかりで道はよく分からないんですよ」と正直に言う。
とりあえず地図を見せて、コレがこの通りだと思うので恐らくアッチがテムズ河ですというようなことを話す。
すると現地人の若者が「どこへ行きたいんだ?」と親切に声をかけてくる。
テムズ河ならこの通りを歩いて15分ほどだというようなことを教えてくれた。
「スミマセン、全く役に立たなかったですね」「イエイエとんでもない」といかにも日本人的な挨拶をして彼とはその場でお別れ。
街歩きの初っ端で日本人に出くわすとは思わなかった。
気を取り直して向かった大英博物館はホテルから徒歩数分。
中をマジメに見て回るとそれだけで1日が終わってしまうだろう。
中に入るのは翌日に回すことにして、ロンドンの中心部・トラファルガー広場を目指して歩く。
次第に人が増えて賑やかになってきてトラファルガー広場に到着。
ロンドン五輪は3週間ほど前に終わっていたが、パラリンピックがちょうど開催中。
トラファルガー広場全体がイベントスペースのようになっていて大勢の人で賑わっている。
巨大なスクリーンで室内サッカーのような競技を放送していた。
トラファルガー広場の前にはナショナル・ギャラリーがある。
ロンドンを代表する世界的な美術館で、大英博物館と同じようにまともに鑑賞したら時間がいくらあっても足りない。
事前に調べたところによるとナショナル・ギャラリーには世界に10数枚しか存在しないレオナルド・ダ・ヴィンチの絵が2枚あると言う。
それだけは見ておこうと館内へ、入場無料なのも良い。
館内地図は有料だったので館内の職員にダ・ヴィンチの絵はどこにあるのかを聞く。
何番と何番だ、と部屋番号と行き方を教えてくれた。
他の絵には目もくれず教えられた番号の部屋を目指す。
1枚は「聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ」、これは部屋の中でも暗い別室が設けられて展示されていた。
ルーブルにある「聖アンナと聖母子」の下書き?として描かれたらしく、どこか粗削りなモノトーンで描かれた作品。
もう1枚は「岩窟の聖母」でこれは他の画家の絵と同等レベルで展示されていた。
これもルーブルに同じタイトルの絵があるらしい。
ルーブルは11年前に行っているのだがダ・ヴィンチの絵はモナリザ以外に覚えていない。
今思うと惜しいことをしている、恐らく数年後にはナショナル・ギャラリーでダ・ヴィンチの絵しか観なかったことを惜しく思うだろうか。
いずれの絵の前にもベンチがあったので座ってゆっくり鑑賞。
ダ・ヴィンチに限ったことではないのだろうが、この人の作品は本当に細かく描かれている。
2枚の絵を自分なりにじっくり鑑賞するとさっさと引き揚げる。
他の作品には申し訳ないが私には情報と時間が無かった。
トラファルガー広場からビッグ・ベンが見えたのでそこまで歩いていく。
街中はオリンピックとパラリンピックの旗がいたるところに飾られている。
主要な通りにはボランティアのガイドのような人達もいて無料で地図を配っている模様。
ちょうど観光に適した時期に訪れた反面、観光客も非常に多い。
特にビッグベンの周りは観光客でごった返している感じで日本人観光客もスペインの比じゃないくらい多い。
ビッグベンやトラファルガー広場は11年前にも来ていた。
次は11年前には行かなかったタワーブリッジを見に行くことにする。
テムズ河沿いを歩けば到着するはずだったが、結構な距離がありそうだったので途中で地下鉄に切り替える。
たった数駅の移動なのに4.3ポンド(≒546円)と意外に高い。
タワーヒルという駅で降りて地上に出ると目の前に見えるのは世界遺産のロンドン塔。
何やら色々といわくつきの世界遺産だが、時間とお金の問題で中に入って観光しようとは思わなかった。
時刻は18時を過ぎてもマドリードと同じでまだ明るいが、マドリードと違うのは寒さ。
Tシャツ1枚だとかなり肌寒く、この旅で初めてウィンドブレーカーを着込む。
ロンドン塔のすぐ隣がタワーブリッジ。
パラリンピック開催中なので五輪マークが飾られているかと思ったが、パラリンピックは独自のマークがあるらしく、それが飾られていた。
ロンドン塔にいるビーフィーターの衣装を着た?五輪マスコットとタワーブリッジ
入場料を払えば登れるらしいが、ロンドン塔と同じく特に中へは入らなくても良いだろう。
車も通っているが歩道もあり、歩いて渡ることができる。
今では橋が跳ね上がることは殆ど無いというが、橋の上を歩くと継ぎ目のようなものも確認できた。
タワーブリッジを通り、地下鉄のロンドンブリッジ駅へ。
晩飯はイギリスと言えば…フィッシュ&チップスだろう。
フィッシュ&チップスの店に関しては事前に日本で調べてあった。
その店の最寄り駅までは地下鉄で4.3ポンド(≒546円)、やはり高い。
地下鉄の切符にも色々種類があるらしいが、恐らくは単品で買う切符が最も損なのだろう。
この辺りはガイドブックも持たず、情報収集もしていなかった代償、次回以降の教訓としよう。
目指すフィッシュ&チップスの店は日本で場所を調べ、地図をデジカメで撮影して場所を把握していた。
ホテルからも近いホルボーン駅で降り、数分歩いて無事に辿り着いたFRYER’S DELIGHTという店。
地元では有名な店らしいが狭い店内、どうやらテイクアウトが主な店のようだ。
定番のCOD(タラ)のフィッシュ&チップス7.65ポンド(≒972円)を注文。
しかし予想外だったのがビールを置いていなかったこと。
メニューにアルコールが載っていなかったのでまさかと思って店員に聞いても「No beer」と言う。
オイオイ、フィッシュ&チップスなんてどう考えてもビールに合うだろうに無いなんて。
店員が「ビールは無いけどシャンディならある」というようなことを言ったのでそのシャンディ(1.2ポンド≒152円)を注文。
シャンディガフといえばビールのジンジャエール割りのこと、ビールが無いならそれでも良いだろうと注文。
注文して意外と早く出てきたフィッシュ&チップスとシャンディ。
フィッシュ&チップスは「この見た目でタラのフライならこういう味だよな」という想像通りすぎる味。
美味しいのは美味しいが予想を覆すようなことは無い。
もっともあの料理で予想を覆す味なんてそうそう出せないか。
ドリンクのシャンディはシャンディガフかと思ったがどうやらそうでもない。
ビールというよりもジンジャエール色が強く、甘い炭酸飲料で缶を見るとAlc0.5%未満というような表示がしてあった。
最後の晩餐で酒が無いというのは寂しい。
食後、物足りなさがあったので夜の街を歩いて飲めそうな所を探す。
なかなかコレといった店が見つからないまま歩いているとロンドン1の繁華街ピカデリーサーカスに来ていた。
土曜の夜、マドリードのソル周辺よりも大勢の人で賑わうピカデリーサーカス。
その中心部はネオンが煌き、巨大なスクリーンで宣伝が流れ、さながらニューヨークのタイムズスクエアの様。
ここまでの大都会となれば当然バーみたいな所も沢山あるがどこも大勢の人で賑わっている。
周囲はとても楽しげながら私は翌日には帰国しなければならない身。
そんななんとも言えない状況の中、大都会で大賑わいのバーに1人で入る気になれなかった。
結局ピカデリーサーカスの賑やかな通りをブラブラ歩いてそのままホテルへ戻る。
地下鉄を使っても良かったのだが、また4.3ポンド(≒546円)取られるのが癪だった。
そして歩いていて追い討ちをかけるようなアクシデント。
マドリードで緊急補強したサンダルの底が再び剥がれ、おまけに両足とも剥がれた。
片方は踵の部分が剥がれただけだったが、もう片方は爪先以外は全部剥がれて実に歩き辛い。
最後の夜になんとも災難ながら意地でも地下鉄は使いたくなく、ズルズルとサンダルを引きずりつつ歩く。
ホテルへ戻りがてら、スーパーマーケットに寄って職場用の土産を購入。
海外の場合、それっぽい箱に入ったお菓子ならばそれっぽいお土産に見える。
空港へ行けば典型的なお土産というような菓子も売っているが、スーパーでそれっぽいのを買えば空港の半額くらいで買える。
当たり外れがあるのはご愛嬌だが、今回は「イギリスで買ったお菓子」と言えば外れでも納得してもらえそうだ。
スーパーでの買い物もクレジットカードで問題無し。
先進国は安心してこれが出来るから良い。
スーパーには何故かばら売りのビールが無かったので、ホテル近くの小さな商店でビールとスナックを買ってホテルに戻る。
ロンドンでの最初のビールは旅の最後の夜を締めるビールになった。
正真正銘、旅の最終日。
いつも旅で身に着けている腕時計を見て驚いた。
CASIOのソーラー電波時計で世界5ヶ所の標準時刻を自動で受信する機能を保有している。
世界5ヶ所とは東日本と西日本、アメリカ、ドイツ、そしてイギリス。
これまで日本の電波以外を受信したことは無かったが、時計を見るとイギリスの電波を拾ったという表示がされている。
さすがは世界の時間の標準となったグリニッジのすぐ近く、といったところか。
朝食は例によってバイキングだが、レストランが混んでいるらしく並んで待たされる。
伝統あるホテル内のレストランらしく内装も見事。
バイキングの種類・量・味も申し分なく、「イギリスで最も美味しいのは朝食」という皮肉を思い出した。
帰国の飛行機は19時過ぎの出発なので、この日は夕方くらいまで観光に充てられる。
朝食を済ませ、チェックアウトをしつつも荷物は例によって預かってもらう。
旅の最後を締めくくる目的地はロンドンで唯一、ココだけは絶対に行きたいと思っていた場所。
アビーロード、言わずと知れたビートルズの名盤。
ロンドンにあるアビーロードスタジオ前にある横断歩道で撮影されたジャケット写真はあまりにも有名。
アビーロードに行くことが出来ればこの旅の全ての予定を消化できる。
ホテルを出て地下鉄の駅へ。
前日は単独の乗車券を毎回買ってかなり損をしたように思えた。
幸いにしてロンドンの地下鉄の券売機はタッチパネル方式で日本語表記も選べる。
後ろに並んでいる人には申し訳ないと思いつつも、券売機をアレコレ叩いてみて最適な切符を探す。
この日は最終的に空港まで地下鉄で行くつもりだ。
ロンドンの地下鉄はゾーン毎に分かれているらしい。
街の主要部分はゾーン1に固まっているが、空港までだとゾーン6とかなり広範囲になる。
しかしゾーン6までカバーしている1日乗り放題のフリーパスでも値段は8.5ポンド(≒1,080円)。
前日は空港から市内への移動、さらに市内間移動でも律儀に1回分の乗車券を買って合計で13.9ポンド(≒1,765円)かかっていた。
前日も最初からこのフリーパスを買っていれば良かったのだと今更ながらに気が付いた。
そうすれば地下鉄代もケチらずにもう少し行動範囲が広がったかもしれないのに残念。
こういうのは旅の知識や知恵として今後に役立てよう。
というわけで迷わずフリーパスを購入。
アビーロードへの行き方は事前にネットで調べて地図もプリントアウトしていた。
地下鉄のセント・ジョンズウッドという駅から歩いて行ける。
路線図で調べ、ラッセル・スクエア駅からグリーンライン駅で乗り換えてセント・ジョンズウッド駅へ。
乗換え時間を含めても20分ほどで到着。
セント・ジョンズウッドは小さな駅で、申し訳程度の小ささのビートルズグッズショップがある。
周囲も住宅街という感じで観光地的要素は全く無い。
地図通りに駅からほぼ1本道の通りを歩き、アビーロードを目指す。
向こう側からは明らかな観光客も来るので方向は間違っていないだろう。
そして数分歩くと明らかに観光客が固まっている一帯が見える。
現在歩いている道とクロスしている道がアビーロード。
午前中なので数人程度の観光客だったが普通の住宅街と思われる通りでは明らかにそこだけ異質な空気。
通りにもABBEY ROADの表記、まさにココがあのアビーロード交差点。
イギリスでは文化遺産にも指定されているというが、本当に何でも無いごく普通の横断歩道。
観光地的要素は一切無い横断歩道を世界的な観光地と文化遺産にしてしまうビートルズの凄さ。
道の真ん中に立てばジャケット写真と同じアングルで横断歩道を見ることもできる。
あのジャケット写真の撮影から40年以上が経っている(1969年8月8日の撮影らしい)が、殆ど変わらないように思える景色。
住宅街の1風景だからこそ変わらないでいられたのだろうか。
Come Together
横断歩道のすぐ近くにはアビーロードスタジオがある。
これも言われなければスタジオとは気付かないくらい普通の西洋風の建物。
ただ、スタジオの敷地前の壁は落書きが自由らしく、ビートルズネタを始めとして様々な落書きがあり、日本語の落書きもあった。
落書きを許可する自由な雰囲気だが、スタジオの敷地内は関係者以外立ち入り禁止の表示。
締めるべきところは締める、といった雰囲気を感じさせた。
折角アビーロードへ来たので写真を撮ってもらおうと近くにいた西洋人観光客にカメラを渡してお願いする。
横断歩道とアビーロードスタジオをバックに撮ってくれれば良いと思っていた。
しかしカメラを渡したオジサンが「折角だから横断歩道を渡れよ!」と言ってくれた。
アビーロードはひっきりなしに車が通る道ではないが、数秒にチラホラという感じでバスや乗用車が通る道。
車が通らないタイミングまで待ってくれたおかげでアングルこそ斜めだが横断歩道の真ん中での写真を撮ってくれた。
お礼に私も撮りましょうか?と提案したがイヤイヤ私は結構、と丁重に断られた。
オジサンがイギリス人かは分からないが流石は英国紳士、と思った。
The End
旅の最後の目的だったアビーロードも無事に遂行した。
名残惜しい気はしたが、アビーロード以外に何も無い所にいてもこれ以上何も出てこない。
後は旅の終了までのカウントダウンを残すのみ。
セント・ジョンズウッド駅へ戻り、地下鉄でヴィクトリア駅へ。
ロンドンのターミナル駅の1つでもあるヴィクトリア駅からバッキンガム宮殿までは徒歩圏内。
バッキンガム宮殿は11年前に行かなかったロンドンの観光名所の1つ。
例によって中に入る気は無かったが、典型的ロンドンの観光名所として外観だけは見ておきたかった。
日曜日ということもあってか入口には結構な観光客。
中へは入らず正門のある公園側へ行ってみても凄い人。
時間は昼の12時だったのでもしかしたら衛兵交代(11:30かららしい)と微妙に被ったのかもしれない。
荘厳なバッキンガム宮殿を後にして、グリーンパークと呼ばれる宮殿周囲の公園を歩き、ピカデリーサーカスへ。
前夜に思いもよらず到着していたピカデリーサーカス、明るいうちに来ても賑わっている繁華街。
ブラブラ歩いているうちに前日にも来たトラファルガー広場へ到着。
近くにシャーロック・ホームズというパブがあったので入ってみる。
料理は高かったのでビールを注文、それでも4ポンド(≒508円)弱。
今更ながらスペインやポルトガルに比べると物価は高い。
ロンドンで最大の目的だったアビーロードを無事に遂行し、経由地として寄ったロンドンでやるべきことは全て終えた。
世界有数の観光都市であるロンドンなので見所は沢山ある。
観光地はいずれも外観だけで中へは一切入っていない。
ウェストミンスター寺院やセントポール大聖堂など見えてはいたのかもしれないが殆ど意識していなかった観光地もある。
ただそれらはいずれまた、ロンドンはちゃんとロンドン観光として来なければ失礼かもしれない。
そんな思いを残し、今回のロンドンは最後に時間の許す限り大英博物館を見て回って終了にしようと思った。
フリーパスを持っているので迷わず地下鉄を使って最寄り駅へ。
昼飯を食べていなかったので何か食べておきたい。
事前に日本で調べおいたロンドン情報はアビーロードとフィッシュ&チップスのみ。
フィッシュ&チップスは前夜に行った1店に加え、保険のためにもう1店調べておいた。
2回連続でフィッシュ&チップスもなんだかなーとも思ったがそれもイギリスらしい気がした。
というわけで昼飯はフィッシュ&チップスに決定。
ロック&ソールプレイスというココもそれなりの有名店らしい。
前日に行った店と同じようにあまり広くない店内。
残っている現金は10ポンド(≒1,270円)ほど。
最も安いフィッシュ&チップスがテイクアウトで8ポンド(≒1,016円)。
メニューを見るとEAT INとTAKE OUTで値段が2ポンド(≒254円)以上違う。
前日の店と同様メニューを見る限りビールも置いていなさそう。
テイクアウトの方が安いし、近くの商店でビールを買ってどこか外で食べるのもオツかもしれないと思った。
前日はCOD(タラ)を食べたのでこの日は同じ最安値だったHADDOCKというものを注文。
もっともHADDOCKというのもタラの一種らしいが。
テイクアウトを注文するとピザ屋みたいな箱に入れて渡してくれた。
中には白身魚フライとチップス(ポテト)がこれでもか!と入っている。
前日の店よりもボリュームがある。
すぐ近くに商店があったので入ってみると500ml缶ビールが1ポンド(≒127円)強で売っていたので購入。
この買い物で綺麗サッパリとポンドの札が無くなって小銭がやや残っただけ。
後は空港へ向かうだけだし、地下鉄はフリーパスがあるのでもう現金を使う局面は無いだろう。
残る問題はテイクアウトしたフィッシュ&チップスとビールをどこで飲み食いするかということ。
大英博物館の近くに公園があったのを思い出し、そこへ行ってみることにした。
と、通り過ぎようとした大英博物館。
敷地内に止まっているワゴン車では飲食物の販売もしている。
大英博物館の建物前もチョットした広場になっており、そこで飲食している人もチラホラ。
ココで良いんじゃないか?
というわけで大英博物館の敷地内に入り、ビールも飲むので隅っこのあまり人がいないベンチに座る。
ビールを飲んでも誰に咎められるでもない。
まさか大英博物館でビール飲みつつフィッシュ&チップスを食べるとは思わなかった。
フィッシュ&チップスの味はコレも特筆すべきでは無い予想通り過ぎる味。
振り返るとフィッシュ&チップスとホテルの朝食しか食べなかったイギリスだが、特段不味くは無かったと言っておこう。
食後は時間が許す限り大英博物館見学に充てる。
前日に行ったナショナル・ギャラリーと同じくココも入場無料。
恐らく1番の目玉はロゼッタ・ストーンということになるのだろう。
しかし時節柄最も客が集まっていたのはロンドン五輪のメダルを展示していたコーナーだった。
オリンピックとパラリンピックの金メダル展示のほか、最初にロンドンでオリンピックが開かれた頃のポスターなども展示されていた。
金メダル級の旅の締め
大英博物館自体へは11年前にも訪れているはずだが内容は殆ど覚えていない。
美術館ではなく博物館、という所に来たのは久しぶりな気がする。
館内には三菱商事がスポンサー?の日本の展示もありそれなりに賑わっていた。
海外で日本のこうした展示に人が集まっていると嬉しく感じる。
帰国してから調べると大英博物館から移転して出来た大英図書館なるものが近くにあったらしい。
そこにはビートルズの自筆歌詞(ってジョン?ポール?)やシェイクスピアの初版本なんかもあったとか。
近くまで行っていたのなら見たかったが、これはまたロンドンを訪れた機会の楽しみとしておこう。
その気になればいくらでも時間が潰せそうな館内だったが、帰りの飛行機の時間を気にして15時30分過ぎに切り上げる。
後はホテルまで行き、荷物を受け取り、最後の地下鉄に乗ってヒースロー空港を目指す。
例によって朝から歩き回った疲れと昼ビールの酔いが程よく回り地下鉄内でウトウト。
17時頃にヒースロー空港に到着、もう残された時間は僅か。
まずはチェックインをしようとJALの窓口へ。
チェックインカウンターの係員は早くも日本人。
「本日の便は満席を予定しておりますのでプレミアムエコノミーに変更させていただきました」と言われる。
え?なんで?なんで満席でプレミアムエコノミー?と思ったが聞き返したら不服の意ととられるかもしれない。
「はぁ、そうですか。ありがとうございます。」とよく分からない返事。
冷静に考えるとエコノミークラスは満席、プレミアムエコノミー(或いはもっと上のクラス)に空席があったのだろう。
上のクラスは値段が高いから埋まらない。
それならエコノミーの客の1部を格上げしてエコノミーに空席を作って売ろうという考えなのだろう。
帰国してからアップグレードの対象となる条件を調べてみたがおおよそそんな感じらしい。
そして普通の客よりもマイレージ会員や搭乗歴が多い客が優先的にアップグレードされるらしい。
私は前回のシンガポールも前々回のロシアも使った飛行機はJAL。
恐らくそれが活きたということだろう。
因果関係はともかく、これまで何度も旅をしているがこんな待遇は初めて。
しかもそれが12時間ほどの長旅というのがまた良い。
帰国後に調べるとロンドン−成田間をプレミアムエコノミーにアップグレードすると210ポンド(≒26,670円)+諸税。
3万円近いサービスを無料で受けられるとは、最後の最後まで幸運な旅だ。
この幸運をほんの少しだけ還元しようと思い立つ。
それは私が持っている地下鉄のフリーパス。
空港から街の中心部までをカバーしているのでこの日にロンドンに到着した人が地下鉄で街の中心部へ向かうのにも使える。
マドリードの空港では回数券を渡せそうな都合の良い日本人はいなかった。
しかしロンドンは街中でも日本人の多さはスペインの比ではなかった。
今度こそ誰か日本人にフリーパスを渡せそうな気がした。
空港から地下鉄の駅へ向かう通路で日本人っぽいのを物色。
すると予想通りすぐにそれっぽい人が現れる。
私と同年代か少し下に見える男1人、鞄から日本語のガイドブックを取り出したのでビンゴ。
「スミマセン、地下鉄使いますか?」と声をかける。
声をかけた直後に“もし自分が逆の立場でロンドン到着直後にこう声をかけられたら警戒するな”と我ながら思った。
案の定、やや警戒されながら「そうですけど…」と言うので事情を説明。
これは1日フリーパスで市街まで行ける、自分はこのままロンドンを離れるので差し上げます、と。
「イイんですか?ありがとうございます!」と感謝されてこちらも良い気分。
「それでは良い旅を」と言ってお別れ。
本当なら若い女の子の一人旅にあげるのが理想だったが、そう都合良く若い女の子の一人旅なんて無いだろう。
その点では同年代の一人旅っぽい同胞に託せたのは良かった。
最後まで気分良くロンドンを離れることが出来そうだ。
ロンドンでやるべきことを終え、適度に空港内をウロウロしつつ免税店を冷やかす。
職場でお世話になっている人にタバコでも買っていこうかと思ったが免税店なのに日本の市価並みの値段。
欧米など先進国のタバコ代は高いと言われるのが分かった。
街中でも見かけたが英国王室グッズ(エリザベス女王やロイヤルファミリーの写真や置物)をお土産物にできるのはイギリスならではか。
もしも日本の皇室をグッズとしてお土産になんかしたら非難轟々だろう。
どちらが良い悪いではなく、文化の違いと言うことなのだろう。
搭乗が始まり、プレミアムエコノミーなので入ってすぐに席がある。
プレミアムエコノミーの中では最前列の席だということもあり足元がかなりゆったり。
隣席に中年男性が座ったが、断りを入れなくてもトイレに行けるくらい広々。
リクライニングも後ろに倒れるのではなく、前にスライドして後ろへの配慮が不要で、足元にはオットマンも出てくる。
離陸前にはキャビンアテンダントが耳栓やアイマスクや歯ブラシなどアメニティを配るサービス。
まさに至れり尽くせり、これがプレミアムエコノミーか。
残念ながら?アルコールはエコノミーと変わらないらしく、結局飲むのはいつものビール。
眠ってしまうのが勿体無く思えたプレミアムエコノミーで旅の最後を締めくくる。
快適なプレミアムエコノミーにいながら、やることはエコノミーに乗っているときとほぼ同じ、食う飲む寝る。
帰国便という気分的に何1つ楽しくない機内を快適に過ごせただけありがたいと思うべきだろう。
前夜の19時50分頃に離陸した飛行機がロンドン時間の翌朝7時20分に成田到着。
飛行時間はおよそ11時間30分ながら日本時間だと既に15時20分。
これまで得をしてきた時差の借りを一気に返却。
プレミアムエコノミーは最後にお菓子の詰め合わせをお土産として持たされた。
追加料金を払って乗ることは無いだろうが、次回以降もJALを選ぼうとは思わせた。
そう思わせた時点でJALの目論見通りということか。
帰国後、家に帰り着いたのは18時過ぎ。
帰宅してすぐ、今度は実家に向かわなければいけない。
両親の帰国は週末になるため、実家の猫の面倒を見る必要があるのだ。
というわけで両親の帰国までは実家で過ごす。
家に帰るまでが旅ならば、今週は未だ旅の途中だ。
〆
スペインのバルセロナとマドリード、ポルトガルのリスボン、イギリスのロンドン。
約9日で3ヶ国4都市、さらに郊外のトレドやシントラも含めると6都市。
かなり詰め込んだ旅になったが、完璧に近いほどスムーズにことが運んだ。
旅程も観光地巡りも天気も食事もホテルも良かった。
そして何よりも旅の全ての歯車が噛み合って生まれた僥倖、世界最高峰のサッカー・クラシコ生観戦。
おまけに旅の終わりにはプレミアムエコノミーへの無料アップグレードというオマケつき。
ここまで充実した旅はそうそう無い気がする。
スペインは不況による失業率の増加から治安の悪化、という話も聞いていた。
しかし実際に行ってみてもそれを感じるようなシーンは皆無。
マドリードとバルセロナの主要通りや広場は人で溢れ、活気に満ちていた。
考えてみれば日本もずっと不況だと言われ続けているが、観光地でそれを感じる局面があるのか?という話か。
一方のポルトガルはスペインに比べると一気に地味になる。
しかし欧風の趣、という点では都会都会したマドリードやバルセロナよりもリスボンの方が感じられた。
そして最後に経由地として寄ったロンドン。
世界一観光客が多い都市らしいが、その名に違わぬ観光客の数。
ロンドン1都市だけでスペインの2大都市を超えたのではないかと思われる。
パラリンピックの開催中でこのレベルだったらオリンピックのときなどさぞかし凄かっただろう。
ロンドン、というよりイギリスは改めて旅のメインテーマとして訪れることがあるだろう。
三者三様ならぬ三国三様を感じさせる11年ぶりの西ヨーロッパの旅だった。
私のパスポートは2013年8月に有効期限が切れる。
来年の夏の旅行時には新しいパスポートになるだろう。
そう考えるとこのパスポートで旅をするのは恐らく今回が最後。
初めて取得した10年物のパスポート、私の旅歴の中でも最も活用したパスポート。
その最後を締めくくる良い旅が出来た。
次のパスポートでも今のパスポート以上の量と質を求めていきたい。
旅の費用
欧州往復航空券(日本航空、往路・羽田〜パリ〜バルセロナ、復路・マドリード〜ロンドン〜成田)
148,000円
航空券関連諸税(空港使用料・保安料・保険料・サーチャージ)
69,090円
往復航空券代合計
217,090円
バルセロナホテル2泊(バルセロ・サンツホテル、ウェブサイト経由予約、現地通貨支払い)
220ユーロ(≒22,000円)
リスボンホテル1泊(ムンディアルホテル、ウェブサイト経由予約、事前ネット支払い)
6,494円
マドリードホテル3泊(アグマールホテル、ウェブサイト経由予約・両親と3人1部屋なので1/3値段)
16,132円
ロンドンホテル1泊(ラッセルホテル、ウェブサイト経由予約、事前ネット支払い)
10,500円
ホテル代合計
55,126円
バルセロナ〜リスボン飛行機(イージージェット、ウェブサイトから直接予約、事前ネット支払い)
52.99ユーロ(≒5,299円)
リスボン〜マドリード夜行列車(RENFE、ウェブサイトから直接予約、事前ネット支払い)
35.1ユーロ(3,510円)
国境間交通費合計
8,809円
現地使用額(観光地代、ローカル移動、食費、酒費等々)
8月25日(バルセロナ、カンプノウ・グエル邸)
約9,200円
8月26日(バルセロナ、サグラダファミリア等)
約6,200円
8月27日(バルセロナ〜リスボン)
約4,200円
8月28日(リスボン、最西端)
約4,300円
8月29日(マドリード、クラシコ)
約16,600円
8月30日(マドリード〜トレド)
約5,700円
8月31日(マドリード)
約4,100円
9月1日(マドリード〜ロンドン)
約5,100円
9月2日(ロンドン)
約2,800円
現地使用額(概算)合計
約58,200円
海外旅行保険料
2,950円
合計342,175円
ユーロは今後も使えそうだったので日本からまとまった金額を両替していた。
よってこれまでのように現地で幾ら両替したかを元に使用金額を割り出すことが出来ない。
さらに今回はスペインの主要観光地では両親と共に行動する局面がチラホラ。
両親と一緒に飯を食った際には基本的に奢ってもらった。(父曰く、親が子に飯を食わせるのは当たり前…感謝)
以上の理由から旅の費用は大まかな金額しか出せていない。
(正確に近い金額を出すために奢ってもらった分も合計の1/3を食費として加算してある)
それでも昨年のロシアで記録した旅費の最高額を余裕で更新した。
しかし最高額に見合うだけの旅だったことは疑いの余地が無い。