実録連載

「アウターリミッツ結成前夜」
杉本正


第三話 杉本正小史と「ランデヴー602」

小学校以来のロック少年で、高校までハードロック一筋できた杉本は、横浜の馬車道に開店したばかりの「夢音」というロック喫茶に通いはじめてからプログレに目覚めた。

そこでかなりの数のバンドのLPを聴かせてもらうことになるのだが、そのなかで杉本はヨーロッパのプログレッシヴ・ロックミュージシャン達の中に、かなりの数の音楽大学出身者がいることに注目した。「たとえロックといえども、このような完成度の高い音楽は見よう見まねではできない。自分も音楽大学へ行ってクラシックの教育を受けよう。そしてそこにいるであろう同好の士と世界に通用するバンドを作ろう。」おりしも高校卒業後の進路に迷っていた杉本は、音大進学を目指した。

音符もろくに読めなかったロック少年が音大に進学するまでの過程は、それはそれでまた語り尽くせぬものがあるのだが、本編の目的とするものではないので割愛する。

念願かなって音大に進学した杉本の志は、発想としては的を得ていたのだが、それがそう簡単ではないことは、入学してすぐに判明した。信じがたいことに日本の音楽大学は、クラシック音楽以外には想像を絶するほど閉鎖的であった。中学校の音楽の教科書にビートルズが載る時代に、音楽の最高学府では戦後の作曲家の作品などのいわゆる現代音楽すら認めていない教師がいるような、きわめて偏った状況であった。しかも学生達の大部分が、ロックやジャズはおろか歌謡曲さえもまともに知らないというありさまであった。

希望に胸膨らませて入学した杉本を待ち受けていたのは、このような望んでいた状況と正反対の事態であった。ギターを背負ったもの同士がちょっと好きな音楽のジャンルが似ているだけで、「一緒にバンドやろうぜ。」となる一般大学や専門学校とは全く逆の環境であった。

杉本にとっての音楽大学の第一印象は、小中学校のつまらない音楽の時間の内容を、そのまま専門的に掘り下げた大学であった。

失望に打ちひしがれながらも、杉本少年は父親が車を売って払い込んだ入学金を無駄にするような親不孝者ではなかった。そういった思いを吹っ切るように、毎晩校門の閉まる夜の10時まで、コントラバスの練習に打ち込んだ。(・・・こともあった。)この闇雲な時間が、現在のメシの種になっているというのは、当然といえば当然のようだが、当時は思いもよらなかった。

様々な思いの交錯する中、次第に音大生としての生活にも慣れてきた初夏のある日、事件は起こった。副科ピアノの試験の課題曲が発表になり、久しぶりにピアノでも練習しようかと、ずらっと並ぶピアノ練習室の空き部屋を探していたときのことだ。練習室の小部屋から漏れるクラシックの曲に混じって、やたらと聞き覚えのある曲が耳に入ってきたのだ。杉本は曲の聞こえるひとつの小部屋の方に吸い寄せられるように近づいた。と共にその曲がUKの「ランデヴー602」のピアノのアルペジオであることに気がついた。扉の前に立つとアルペジオに混じってジョン・ウェットンばりのヴォーカルも聞こえてきた。「誰だろう?」

入学から今日までの落胆の日々が一瞬にして頭の中を駆け巡った。期待と不安で恐る恐る小窓から中の様子を窺うと、そこには「もじゃもじゃ頭に銀縁の丸眼鏡」でお馴染みの宇野君の姿があった。

杉本が部屋に入って話しかけると、宇野君も上機嫌で「こんなんが好きかいな。ほな、これはどや?こんなんもあるで。」と関西弁でまくし立てながら、リック・ウエイクマンやキース・エマーソン、リック・リンデンなどの超絶フレーズを、次から次へと弾きはじめた。杉本もキング・クリムゾンやヴァン・ダー・グラーフなどの曲を次々とリクエストして、宇野君のピアノで歌った。夢のような時間が流れ、音大の門が閉まると、二人は夜の江古田の町に繰り出し、食事をし、酒を飲み、語り合い、そしてベッドを共にした。(本気にするなよ!)

日付も替わろうとした頃だっただろうか、杉本は音大では永遠に口にすることのないだろうと思った言葉を宇野君に伝えた。

「一緒にバンド組もうよ?」

さっきまで上機嫌だった宇野君の顔が曇り、一瞬の沈黙の後にこういった(以下標準語で記すので、各自関西弁に翻訳しながら読むこと)。

「それは、無理である。私が作曲科に進んだのは、純粋に音楽を作りたかったからである。だからもう自分は人前では演奏しないのだ。これからは作り手に徹することを自分に課しているので、理解してくれ。」

固い意志だった。杉本は自分が音大に入学したいきさつを語り、いかに残念かを伝えた。希望の絶頂から失意のどん底に突き落とされた杉本に、宇野がかけた言葉が、今日のアウターリミッツへと続くことになる。

「がっかりするのは早い。杉本に紹介したい人がいる。オルガン科の塚本さんがバンドのメンバーを捜してた。きっと希望は叶うと思う。」

杉本は、この学校にオルガン科という学科があることをはじめて知った。

「オルガン科の塚本・・・・・・」

小学校の教室にあった足踏みオルガンを弾く男の後ろ姿が、杉本の頭の中をよぎった。

つづく

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