実録連載

「アウターリミッツ結成前夜」
杉本正


第二話 作曲科のロバート・フリップあるいはカミナリ坊や

次に塚本と杉本が出会うことになるのだが、ここでアウターリミッツ誕生のキーパーソンを、もう一人紹介しなくてはならない。第一話に登場した銀ちゃんと同じ学科である作曲科の宇野君である。現在彼は、日本の現代作曲家の一翼を担い、定期的に個展を開くなど精力的に創作活動を続けながら、関西にある女子大において教鞭を執っているプロフェッサーである。

しかし、当時の彼は「彼女を家に呼んでから布団を敷くのはスマートでない、しかしあらかじめ敷いておくと万年床に思われてしまう、かといって普段からベッドで寝るのは苦手だ。」というような深刻な悩みを多く持った音大生の一人であった。

宇野君と杉本とは学年が同じであったために、一般教養など管楽器、弦楽器、作曲という専攻によってクラス分けされた数多くの授業で顔を合わせていた。その一方でピアノ科、オルガン科、作曲科の必修であった混成合唱の授業で、作曲科の宇野君とオルガン科の塚本とは共にだみ声を張り上げていたのである。

合唱という大人数の授業で、学年も専攻も違う塚本と宇野君が、親しく話すようになるわけは、音大の男女比率に深く関係する。多分女性が圧倒的に多いだろうということは、誰もが想像することであるが正確な値をご存じの方は少ないと思う。今も多分変わっていないと思うが、その当時の音大の男女比率は1:9であった。そもそも小、中学校の頃を思い出してほしい。音楽なんてちゃらちゃら習っているのは、大部分が女子だったはずである。それがそのまま大学に来るわけであるから、音大はほとんど女の園である。

それでも管楽器などは野蛮なブラスバンド経験者が入学してくるし、弦楽器もチェロやコントラバスなど楽器が大きくなると男の仕事となるため、そこそこ男子学生はいた。また声楽もテノール、バリトン、バスなどの男声部がある以上、男子学生も一定数必要である。

しかしピアノ科は、一般人の想像を絶する状況である。40名程度のクラスに男子学生が一人いるかいないか、一学年全部合わせても数名という、国で保護してもいいような絶滅寸前の状態である。だから合唱の授業にかり出されるときは、男子学生の少ないにピアノ科と、そもそも人数の少ないオルガン科、作曲科などは、たとえ学年が違っても同じ授業に出ることになるのであった。

そこで数少ない男子学生同士が、肩を寄せ合って授業を受けるわけであるが、心細さのあまり、声を掛け合って一年間過ごしていたことは想像に難くない。おそらく塚本と宇野君もそうして知り合ったのだろう。お互いの身の上を語り合うのに、そう時間はかからなかったのではないだろうか。

一方、杉本と宇野君は、授業で四六時中顔を合わせていた。しかし、楽器弾きを目指す者と、作品を創り出そうとする者では、結構人種の壁があったように思う。

かたや何とかの一つ覚えのように明けても暮れても、楽器にとりついてギコギコ音を出している学生と、ある時は何段もあるスコアや、研究書、理論書などを読み、またある時は五線紙に向かって自由自在に音符をちりばめる、そして自らもピアノ科顔負けにピアノを弾きこなす学生とでは、同じ音楽家の卵といっても、次元が違うように思えても無理はなかろう。

しかも宇野君は、もじゃもじゃ頭に銀縁の丸眼鏡と、ロバート・フリップ先生顔負けの近寄りがたい風貌で他を圧倒していた。そんな具合で、お互い目には触れても遠い存在であった。

しかし、入学の緊張感もほどほどに冷めてきたある時、音大のピアノ練習室と呼ばれる狭い個室がずらっと並ぶ廊下を歩いているときに杉本が耳を疑うような信じがたい出来事が起きたのであった。そしてその出来事をきっかっけに、杉本はついに塚本と出会うことになる。

つづく

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