実録連載

「アウターリミッツ結成前夜」
杉本正


第一話 音大のなかの日芸トリオ

塚本が川口や杉本と知り合う前に、川口と杉本はすでに深夜の江古田界隈で馬鹿なことをしていた仲であった。第一話は、まず川口と杉本が出会ういきさつから始めよう。

バイオリンの川口とコントラバスの杉本とは、ともに弦楽器専攻ということで、学年は違ってもオーケストラ実習という共通の授業があった。週に4時限ほどの授業だが、授業といっても何を教えてくれるわけではなく、ただ時間いっぱい担当の指揮者がオーケストラのリハーサルをするわけである。そこまではいいのだが、その授業の曲を演目にして「M音楽大学管弦楽団」と銘打って地方を巡り、お金を取って演奏会を開くのであった。もちろん学生は授業の一環なのでノーギャラであった。学生から授業料を取って更に働かせるという、音楽大学とは何ともありがたい学校であった。まあ、その授業での経験は、そのままプロのオーケストラで仕事をする場合の、レパートリーともなったので、一生懸命がんばっている学生もいたことはいた。しかし、音楽大学でオーケストラの授業を受けていても、実際にプロのオーケストラに入団できるのは、その中のほんの一握りの学生だけである。それなのに、オーケストラの授業に最も不熱心だった長髪族の川口と杉本が、後にそれを職業とするようになるなどとは、当時の誰も知る由もなかったから、世の中は不思議なものである。ちなみに現在川口は「日本フィルハーモニー交響楽団」、杉本は「神奈川フィルハーモニー管弦楽団」で演奏しているので、それぞれの演奏会に行けば、いつでも二人が演奏しているのを見ることができる。

さあ、話を進めよう。二人が受けていた「オーケストラ実習」は授業とはいっても、100人近い学生で組織されたオーケストラである。その中で、学年も楽器も違うふたりが、この授業だけがきっかけで会話を交わすようになったとは思えない。他にもいくつかの要因が考えられる。

一つの要因として、杉本は入学前の経歴の関係で、同学年の学生より上級生のほうが年齢的に近かったことがある。そのため杉本の交友関係が、同級生だけではなく川口の学年に及んでいたということがあげられる。後にバンド合宿で問題を起こし、後にメンバーの一人をノイローゼにさせるなど、「アウターリミッツ」を取り巻く数多い女性関係のなかでも最もやっかいな存在となった「S」が、二人が知り合う以前に共通の友人として存在していた。

また、のちに作曲科の「銀ちゃん」と呼ばれる人物と、川口、杉本で音大の中の「日芸トリオ」とよばれるほどに、二人が音大の中でビジュアル的に異彩を放っていたということも、お互いの第一印象を強く持つ要因となっていたことも見逃せない。「日芸トリオ」というのは、同じ私鉄駅にある「N大芸術学部」の学生が、しばしば音大のお嬢さんを漁りに学内に出没していたことから、このネーミングが用いられた。「N大芸術学部」の学生は、その風体から一歩音大のキャンパスに足を踏み入れた瞬間から、一目で部外者とわかるほど良家の子弟揃いの音大のキャンパスでは浮いてしまう存在であった。「銀ちゃん」と川口、杉本は正真正銘の音大生であるにも関わらず、その外見から一般の音大生には「N大芸術学部」の学生のように見えたようだ。実際に授業に出席していても、聴講に潜り込んだ学生のような扱いをされたこともあったようだ。また3人がよく一緒にいたことからたことから、音大の高い学費を払いながら、不名誉にも「日芸トリオ」と呼ばれて蔑まされていたのである。ちなみに当時川口は、カーリーヘアーにベルボトムのジーンズ、杉本は長髪のレイヤーに黒のスリムパンツというのが年間を通しての装いだった。今ではどうなのか知らないが、20年前の音楽大学には、そんな格好の学生は一人もいなかった。

作曲科の「銀ちゃん」は、後に「寺内タケシとブルージーンズ」にキーボードで参加するのだが、ロシア公演の時に悪い病気を貰ってきて、それが元で若くしてこの世を去ったといわれているが定かではない。顕著に病状を示す肉腫の浮いた顔で宇都宮を歩いていたのを見たという目撃証言を最後に音信を絶っている。「アウターリミッツ」のメンバー二人と構成していた不名誉なる「日芸トリオ」の一員としての彼のエピソードについては、また機会があれば番外編として記する機会もあるかと思うが、今はこれまでにとどめておこう。

こうして知り合った川口と杉本は、「アウターリミッツ」結成までのつかの間の時期を、ごく普通の友人として親交を深めることとなる。江古田界隈で夜毎ランチキ騒ぎが繰り広げられたこの期間に、お互いがブリティッシュ・ロックのファンであり、高校時代にバンド経験があることをなど知り、今もバンド結成の夢を胸に秘めていることなどを確認していた。しかし、川口の「アウターリミッツ」加入には、本人の心の中に厄介な問題があって、まだまだ紆余曲折があった。そしてその厄介な問題は、後々まで尾を引くことになる。

つづく

Copyright (C) MCMXCIX Tadashi Sugimoto, All Rights Reserved


序章へ戻る | 第二話へ進む
アウターリミッツ結成前夜の目次 | Essay Index | HOME