'06.12.31
カシュカシュクリスマスが終わったらあっという間に年末ですな。
我が地元の○○駅前周辺も12月中はイルミネーションが飾られ、
赤や青や緑の電飾が交互にものすごい速さで激しく点滅し、
まるで商店街一帯が地方の国道沿いにある巨大なパチンコ屋の様に
ビカビカ輝いていました。 先日あまりの激しさに動揺し、
自転車で駅前に買い物に行ったのに、買い物を済ませた後なぜか
お店の前に自転車を置いたまま歩いて帰って来てしまいました。
←はそんな○○駅周辺のビカビカ攻撃にも負けずに開いた
クリスマスパーティーの日にキームンのクィーンズホープと一緒に
買ったカシュカシュの限定ラベル缶。 フレーバード・ティーは
普段あまり買わない私ですが、ま、ほとんど缶欲しさに買った様な
もんです・・。Miss茉莉の足下でウサギが隠れんぼの図。
こんな絵見せられたら素通りする訳にはいかないじゃないですか!
ミニお茶缶のオーナメント付き♪
 
さて、今年も今日で最終日というわけで、今年一年をザッと振り返ってみようと・・。
(↓の写真は先日スタジオで音出しした時のひとコマ。ちなみに深夜0時過ぎ・・&髪伸び過ぎ・・。)
あつ1月 師匠バースデー・ライヴin「音や金時」。
   お茶ツアーin目黒。
2月 リハ用に真空管式オーバードライブ購入。
   ファーマンの電源タップに買い替え。
   「パーク・アベニュー」ライヴin「ジランドール」。
3月 エフェクター・ラック、12U→20Uに増設。
   G4Mac(1.4GHzデュアル)が我が家にやって来たよ。
4月 不眠不休でアレンジ&レコーディング進行中・・。
5月 ?年振りに愛知に帰省。
   「トム・ヤン・クン!」観る。トニー・ジャー凄い・・。
   お茶ツアーin渋谷。
   銀座の料理店でアコーディオン弾きに釘付け。
   Macトラブル。シーケンサーが動かせない悪夢の45日間。
 
6月  ユニット名命名。
    MTR故障。 不眠不休でミキシング&トラックダウン。
    ?年振りに心霊体験。
    激しい咳による肋骨圧迫骨折。
7月  過労で倒れる。人生初救急車&全身チューブだらけ→療養生活。
8月  リハビリ→仕事復帰→レッスン再開。
    「ゲド戦記」観る。 ・・・。
    「日本民芸館」のドアノブで火傷しかける。
9月  ユニット活動再開。
    「旧白洲邸」でお抹茶。
    「テンポラウ」ライヴin「音や金時」。
10月 五線紙300枚オーダー。
    F1日本GP観戦at「鈴鹿サーキット」。
11月 新曲、久々に激しく産みの苦しみ・・。
    「OraNoa」ライヴin「velvet sun」。
12月 「横山光輝の世界展」at川崎市市民ミュージアム。
 
今年は春にパソコンが重大なトラブルを抱え、原因究明と修理の間2ヶ月近くもシーケンサーを起動できなかったり、
その翌月マルチ・トラック・レコーダーが故障してレコーディングの中断を余儀なくされたり、
とどめは夏に私が骨折&過労で倒れ、リハビリまで含め約3ヶ月間ユニット活動を停止したりと・・、
音楽活動停止を余儀なくされる出来事が相次ぎ、目標がほとんど達成できない年となってしまいました。
来年は、なんとしてでも具現化せねば・・・。

'06.11.30 やっとup・・
先日某中華料理屋さんに入り、メニューを見ながらあれこれ注文しつつ、ふと「餃子(一人前6個入)」の文字が目に
留まり、メニューを指差しながら「・・あと、この餃子6個入りをひとつ。」と頼んだら、しばらくして店員の女性が
餃子12個が乗った大皿をテーブルに持って来て、「お待たせしましたっ。こちらウーロン茶と餃子2人前になります。
お後、餃子4人前只今お焼き致しますのでもう少々御待ち下さいっ。」と元気ハツラツオロナミンCにのたまった。
ねるとんの告白タイム並みに「ちょ、ちょっと待ったぁーー!」と店員を呼び止め、「いゃ、あの・・6個入りを
ひとつ、と頼んだのですが・・。」と言うと、「えっ!?そうなんですか!??」という表情で一瞬固まり、慌てて
その大皿を持ち帰って行ったのですが・・・。 まぁ、「6個入りを・・」と頼んだのを「6個」つまり6人前と
勘違いしたか聞き間違えたのだろうがそれはともかく、二人で来て餃子36個も注文しないでしょ普通・・(^^;)
注文を復唱確認もせずに戻って行ったのでイヤな予感がしないでもなかったのですが。 びっくりしたよ、もう・・。
 
さて、すっかり話の旬は過ぎ去った頃で恐縮ですが、先月はF1日本グランプリに、三重県は鈴鹿サーキットに行って
来ました。予選を含め二泊三日の生F1初体験ツアーでした。F1その物は昔から好きで、'70年代後半ニキ・ラウダや
ジェームズ・ハント、ジョディ・シェクターらが活躍してた頃から→ネルソン・ピケ、アラン・プロストらの'80年代
半ば→ナイジェル・マンセル、アイルトン・セナ、ミハエル・シューマッハらの'90年代と・・ずっとテレビでは観て
来たのですが、今年、約20年間続いて来た鈴鹿での開催がひとまず最後になるというのを以前から聞いていたので
「ここはひとつ観ておかなければっ!」と思い立ち、チケット代3万叩いて遥々三重県まで行って参りました。
 
シューマッハ出発時からバタバタの出だしでしたがここは敢えて割愛。
新幹線で名古屋まで行き、そこから近鉄電車に乗り換えです。
四日市市の巨大な赤白煙突群を横目に見ながら白子駅に到着。
そこからサーキット直行のシャトルバスに乗り換えでした。
鈴鹿到着翌日の土曜日が公式予選でしたが、初めて目の当たりに
するF1マシンのその速さと、この世の物とは思えない爆音は
例える的確な言葉が見つからないくらい衝撃的なものでした。
けたたましいなんて生易しいものでは無い、おそらくあれ以上の
爆音はもう戦闘機のジェットエンジンしか無いのでは?と
思えるほどのエンジン音と共に、弾丸の様に目の前を
キューーーーン!!!と時速300kmで通り過ぎて行く様を見て
君たち気は確かか???と一人ずつドライバーの両肩を
揺すって確かめたくなりました。
予選が終り、興奮冷めやらぬ夜が明け、翌日日曜が決勝でした。
 
↑の写真は決勝当日、レース開催前のパレードのひとコマ。出場ドライバー全員が各チームを象徴する車に乗り込み、
サーキットを流します。今年限りで引退を表明したミハエル・シューマッハをパチリ。
 
スーパーアグリ←私は個人的にはホンダのファンですが、佐藤琢磨選手も
もちろん応援していましたとも。
こちらはスーパーアグリの2台。佐藤琢磨選手の後ろを行く
山本左近選手は私と同郷なので、応援にも力が入ります。
F1を生で見ると、実際とんでもない事をやっているのだなと
分かる。これはテレビで見ている内は全然分からなかった領域。
「気でも違ったのか!??」と思えるほどの有り得ないスピードで
ヘアピンカーブに突っ込んで行き、レールの上を走っているかの
如く「フッッ」とコーナーを曲がって見えなくなって行く・・。
モータースポーツの頂点と言われてるだけの事はあるなぁと。
シケイン手前のシフトダウンの音なんてまるで爆発音ですぜ。 
 
 
 
フェラーリ←皇帝ミハエル・シューマッハ、鈴鹿での最後の走り。
でも残念ながら途中でエンジンから白煙を上げ、リタイアして
しまいました。ピットロード出て来たらちょうど僕らの目の前で
ぼわぁぁーーっ!と煙吹いたもんだからびっくりしましたよ。
今季優勝の可能性にグッと近付いて来ていただけに惜しい・・。
 
しかしみんな・・ あんな狂気のスピードで、しかもこんな狭い
道幅で追い越しをかけるなんて、危ないですってば
世界中に二十数名しか居ない「選ばれた男達」とはこういう事を
言うのだな・・と実感。
 
 
 
 
ホンダ←ホンダのジェイソン・バトン選手も頑張ります。
今年ハンガリーGPで、F1参戦113戦目にして初優勝を遂げ、
オール・ホンダとしては39年ぶりの勝利をチームにもたらし
ました。 表彰台で「君が代」が流れたシーンを初めて見たよ。
よく頑張った!感動したっ!!(小泉純一郎元総理風に)。
 
それにしても凄い音・・。どれぐらい凄いかと言いますと、
鼓膜が振動というか衝撃波でも喰らったみたいに、激しく
「ビリビリビリビリッ」って大きく振動してしまうので、
耳の奥が痒くて痒くて・・と言ったら多少伝わりますでしょか?
マシンの間近で仕事するピットクルー達は皆耳栓をしているので
鈴鹿ツアーに出発前、一緒に行く友人に「耳栓持ってった方が
いいかなぁ?」と聞くと、「耳栓?あれは22台が奏でる
コンサートですから。あの音は聞くべき。」と言われましたが、
その意味が分かりました。
この音に比べたら、スタジオやライヴ・ホールで散々耳鳴りがするほど大音量で使ってる100Wギターアンプの音など
まるでロンパールーム(※(c)my friend) に思えて来ました。
 
ルノー←この日優勝したルノーのフェルナンド・アロンソ選手。
昨年24才で史上最年少ワールド・チャンピオンに輝いた。
ちょっと写真が・・ 鉄柱が真ん中に入ってしまい残念。
なんせ目の前を時速300キロ以上でカッ飛んで行くもんだから
写真の真ん中に上手く収めるのが至難の業で・・。何度何も
写っていない只のアスファルト路面を写してしまった事か・・。
だってシャッター押した頃にはもう車は通り過ぎてんだもん。
 
このF1の度肝を抜くド迫力は、「一生の内に生で見ておいて
良かった・・。」と思えるほどの、自身の認識を激しく更新
させる物でした・・。 でも、最高速度が300km/h以上とか、
車重が600kgぐらいしかないのに出力が700馬力以上だとか
エンジンが20,000回転近く回るとかよりも、私はむしろ
最低地上高(地面から床面までの高さ)が2cmという事の方が
驚きですが・・。
帰途に着く頃、白子駅へ戻るシャトルバスに乗る為の長い長い長い行列が出来、我々も寒い中2時間以上も待ちました。
レース見てた時間よりもそっちの方が長いです。
まぁ、一ヶ所に16万人も集まればねぇ・・。

'06.11.3
先日早朝6時半頃、開店直後のMドナルドに入店し、やっつけの朝ご飯を足早に済ましお店を出ようとしたら
自動ドアが壊れて開かなくなり、早朝開店直後という事もあって店内にはお客さんは私しかおらず、
まだカウンターにも一人しか居なかった店員さんと二人っきりで店内に軟禁されました。
こっちは急いでるのにドアが開かないもんだから、自動ドアの前をしばしウロウロし、センサーに直接手をかざして
ぶんぶん手を振ってやりましたが開きません。仕方無いのでカウンターに唯一居たスマイル0円なお店のおねいさんに
「すみません、ドアが開かないのですが・・」と言うと、そのおねいさんは平謝りでミニスカートの制服のまま
ドアの端にムンズッ!と手をねじ込み、動かなくなった自動ドアを力ずくでゴゴゴゴゴとこじ開けていました。
さわやかな早朝の駅前にやっと解き放たれた私ですが、さすが世界のMドナルド、スマイル0円軟禁も0円ですか?
 
旧白洲邸さて、ここのところ療養後からの日々を追っかけながら
色々とあった事を大胆に端折りつつ書いておりますが、
先日は「旧白洲邸」に行って参りました。
戦前からの茅葺き屋根の建物をそのまま残し、古き昭和の佇まいと
こちらに住まわれた御仁の潔き生き様と柔軟且つ造詣の深さが
静かに、しかしながら凛としてひしひしと伝わって来ました。
生前、御仁の拘りの逸品であった茶器や染め物など展示されて
いる中、これまた拘りのクラシックのレコードに混じって
YMOのファースト・アルバムが並んでいたのには驚きました。
しかもアメリカ発売盤。YMOのファーストは確か'78年だったと
思うが、御仁にとっては晩年の筈。この辺りにも柔軟な嗜好が
感じられて興味深いものがあります。 建物の一番端の角部屋に
陣取った書斎は、机の正面に在る障子窓から薄く光が差し込み、
手の届きそうな程度に広過ぎず狭過ぎない背中側には年季の入った
古い書物がびっしりと並んでいて、只でさえここの邸宅内だけ
違う空気が流れている様なのに、更にこの書斎に入るとまるで違う次元に入り込んだ様な雰囲気さえ感じられました。
こんな空間で創作に没頭できたら幸せな人生だろうなぁ・・とヽ(´。`●)ノ
↑の写真は敷地内に在るお茶処で抹茶と羊羹を戴くの図。どうせなら戴く前に撮っておけば良かったですが(笑)。 
 
テンポラウ旧白洲邸に行った翌週には自身のユニットのリハーサルで
スタジオ入りし、療養後復帰2回目ともなると元気な頃の音を
かなり取り戻した感じで、相方共々喜んでおりました。
この日は練習中&打ち合わせ中と写真を撮り忘れてしまい
掲載できる物がありませんが、遅ればせながらジワジワと
製作中の新曲も進行しております。
先日はギターの師匠のユニット「テンポラウ」のライヴに
「音や金時」に行って参りました。(←写真)
ちょうどこの日はVo.の柴田奈緒さんのお誕生日という事もあり、
ハッピー・バースデイの演奏や特大ケーキの登場など、
ちょっとしたイベントもあり楽しい時間となりました。 
お馴染みのボサノヴァ〜サンバのスタンダードやテンポラウの
オリジナル・ナンバーを交えての選曲に、今回は奈緒さんお手製
「こしひかり100%シェイカー」が会場の皆さんに配られて、 
私も一緒にシェイカーをシャカシャカ振りながら参加しました。
隣の席でコップを箸で叩くお客さんのサンバ・リズムが軽快に演奏にマッチしていて面白かったです。
一緒に行った友人のお手製ラッピングなプレゼントも渡せて良かったです。 ラム肉の串焼きとナンと野菜カレーを
戴きつつ、例の如く、「音金へ来たらネパールティーを注文せねば!」という事で、二人合わせて4杯・・・。
帰り際、お会計の時に店員さんと「・・4杯だよ(笑)。」と二人で笑ってしまいました。
 
指揮者であり編曲家のポール・モーリアさんが亡くなった。中学生の頃から慣れ親しんで来ただけに残念だ。
弦や管などクラシック・オーケストラのスタイルを持ちつつ、ドラムスやエレキ・ギターなども存在する
独自の編成から奏でられる彼の編曲した名曲の数々は、私にとって棺桶まで持って行きたいソースのひとつだ・・。

'06.10.16
あつ先日テレビで料理番組を観ていて改めて思ったのですが、
「バフンウニ」って名称は、イジメですか
・・バフンウニって・・・・・。
きっと馬も困惑してると思います。
私の顔がもしバフンに似ていたとして、恒久的に「バフン人間」と呼ばれたら、
独りで海を見に行きたくなります・・。
あ、朝からバフンバフンってすみません
渋谷公会堂の名前をC・C・レモンホールになんて変えなくていいですから、
こっちの名前の方をお願いしますよ、サント○ーさん。
 
さて、実家での療養生活を終え神奈川に戻ってからは、生活に必要な体力を
取り戻すべく、リハビリを兼ねてゆる〜りと過ごして参りました。
新宿御苑や代々木公園にお散歩に行って、道路を横断していた亀を救助したり、
期待満々に「ゲド戦記」を観に行って、微妙〜な気分になって帰って来たり、
友人と自宅で「皇帝ペンギン」のDVDを観ながら、「鳥って可愛いね〜♪」
「感動するよねっっ(T_T)」と涙しながら、二人でたらふく
焼き鳥を食べたり、 真夏の猛暑の中、目黒の「日本民芸館」へ行き、
陶芸や版画や染め物など日本の近代工芸史に目を見張りつつ、
直射日光でジリジリに焼けた入り口の鉄のドアノブで右手をヤケドしたり、
町田の「ひじかた園」で透き通る様な香りと喉ごしの素晴らしいお茶を戴きつつ、リュックのポケットに入れていた
犬のぬいぐるみをお店の看板犬に「はむっっ!」と噛み付かれてなかなかしぶとく放して貰えなかったり、
揚げ句はお店の人に「お詫びに・・」と御茶請けをサービスして頂き大変恐縮したり・・
リハビリにはふさわしい充実した日々を過ごして参りました。
 
yuka先日は療養から復帰後、初のスタジオ入りでした。
体重も体力も落ち、技術的にも後退し、いったいどこまで出来るのか
分からなかったのですが、仕事復帰してからひと月経って自分の体調もようやく
予測管理できる様になって来たので、ユニット活動もめでたく再開しました。
ここ数ヶ月でグッと力を伸ばした感のある相方に反して、ここ2ヶ月でグッと
力を落とした感のある私のプレイは、しかしながら妙に足が宙に浮いており
楽しそうな音に聞こえていた気がします。・・単に私が楽しかっただけかも
知れませんが。
大して予習もせずにスタジオ入りしたので、頭の中では曲のコード進行も
アドリブ・ソロで使えるスケールも殆ど思い出せなかったのですが、
いざ演奏し始めたら不思議とスラスラと指板の上のポジションに
手が勝手に動いて行くではありませんか。
「体が憶えている」とはこういう事を言うのだなと思いました。
「想像していたより、ちゃんとしてました。」と相方から御褒めの言葉?を頂き
私自身も想像していたよりまともな演奏が出来てちょっと不思議な気分でした。
体力や技術面の他にもいろんな心配を抱えていた活動再開でしたが、
無事コンティニューする事が出来ました。
止まっていたこの3ヶ月間を取り戻すべく、これからまた猛チャージを・・・
って言うと、またいろんな人に叱られそうだなぁ・・・。
(写真は、リハーサル中に撮り忘れたので打ち合わせ中の時のスナップ。
携帯の操作に苦戦する病み上がりの著者と、戦闘服で 目潰し ピースな相方。)

'06.9.24
ロバハウス実家から神奈川に帰還して以来、ジョジョ徐々に普段の生活を取り戻しつつ
先月中旬には仕事にも復帰し、先々週にはレッスン、先週はユニット活動と、
一つずつ自分の生業を取り戻して参りました。
で、約2ヶ月近くも滞ってしまった独り言ページも今日から復帰したいと
思います。書きたい事がここ2ヶ月のあいだにたくさん溜まってしまったので、
幾つかの出来事は省略しつつ、追っかけ気味に書いて行こうかなと。
 
先日は立川のロバハウスに、ヒネモスという楽団のライヴに行って参りました。
このロバハウス、内外壁が土で出来ているらしく、建物全体がまるで大きな
陶器の様です。中に入るとそこは2階まで吹き抜けの洞窟の様な窯の様な・・。
壁には沢山の古楽器や民族楽器が掛かっていて、ちょっと不思議な空間です。
そしてヒネモス。 鼓笛隊のコンセプトを持ちつつも、その楽器の縦横無尽な 
使い方たるや・・ ドラム、ウッドベース、アコーディオン、ギターに、
サックス、チューバ、リコーダー、メロディオンに加え、
木琴、カリンバ、鈴、トイ・ピアノなどの楽器の他に、
太鼓を叩くクマ、シンバルを叩くサルなどのおもちゃ、
果ては自転車のベルのこぎりまで加えてアンサンブルしてしまうという
自由さ。おもちゃ箱をひっくり返した様な賑やかさと、どこかちょっと
ノスタルジックな雰囲気も感じさせる音楽が、この窯の様なホールの中を
楽しく飛び交っている様に奏でられていました。
「音を出して遊ぶ」という楽しさの基本を見せて貰えた様にも思いました。
 
曲芸師真ん中のお写真でも全体が写り切らず、実は一番左の御方の
左側にもう御三方いらっしゃいます。
会場後方では飲み物や手作りと思われるお菓子などが販売され、
公演全体に手作りらしさが感じられたのも心地良かったです。
私もジュース片手にキャロット・ケーキなど戴きつつ、
途中、天野耕太さんという曲芸師の方のパフォーマンスを交え、
いわゆるサーカス音楽の生演奏をバックに目が点&口あんぐりな
サーカス・ショーに突入して行きました。
←写真では分かり辛いですが、寝かせた丸い筒の上に板を置き、 
その上に乗っかってバランスを取りながらのジャグリングを
披露しています。この丸い筒、この後なんと!3段重ねまで
積み重ねられて行きます・・。そんな事出来るんかいな的な
お話ですが、寝かせた丸い筒を3つ積み重ね、その上に置いた
板の上に飛び乗ってバランスを取っていました・・( ̄o ̄;)
なんともワンダホー(←ネイティブ)でブラボーで、アンビリーバボー(←ネイティブ)な光景でした。
それにしても、こうして聴いてみるとサーカスの音楽って色んな音楽の要素が入っているのね。
デキシーの様でマーチの様で、大正ロマンな歌謡曲の様でお囃子の様で民謡の様で・・。
 
おもちゃ隊終盤には、複数のメロディオンに足踏みポンプで膨らませた
風船をそれぞれ直結し、風船の空気の力を使って延々持続音を
キープさせたアンサンブルにバグパイプが絡むという大合奏を
聴かせてくれて、気分はまるでスコットランドでした。
こんなことならタータンチェックのスカートを履いてくれば
よかった・・と妄想を抱きつつ、スコットランディーな
音の大円団の中に身を委ねておりました。
途中、横で一緒に聴いていた友人が生音の大合奏の素晴らしさに
トリップし、何かが降臨した様に意識がお空へ飛んで行きそうに
なっていて焦りましたが、ギリギリの所で戻った様でした。
 
ライヴの後は夕食を食べて帰りましたが、久々に長時間外出
したせいで帰宅後に発熱してしまいました。 でも、なんだか
心にも体にも良いリハビリになったかな・・という気がしました。
あ・・なんだかきれいなまとめ方で私らしくないですね

'06.7.27
御報告
無事神奈川に帰還致しました。大変御心配をお掛けしました・・m(_)m
先月中頃から熱と咳を患って体調を崩し通院を繰り返していたのですが、激しい咳が長く続いた為、肋骨を圧迫骨折し、
今月3日の朝にはとうとう勤務先で倒れ、救急車で運ばれてしまいました。 3時間ものあいだ全身硬直に陥り、
意識不明になりましたが、夜には救急病棟から受け入れ先の病院に移され、次の日には愛知の実家から迎えに来た家族に
身柄を引き渡され、それから約3週間、愛知の実家で自宅療養の日々を送っておりました。
過労により、最初は一人で歩く事も出来ず、寝ては起き、薬を飲んで寝ては起き、薬を飲んで・・の繰り返しの毎日で、
ちょっと1時間ほど起きてたりするとすぐにガーーッと発熱してしまうほどヘロヘロな状態でしたが、
段々と起きられる様になり、そのうち家族の付き添いで近所を歩いて外出できる様になり、
今はようやく一人で長時間歩いたり、大好きな自転車も乗れる様にまで回復しました。
まだ胸の痛みはありますが折れた肋骨も治り始め、来月から仕事にも復帰する事になりました。
喋れない動けない日が続いたので、まだ長いあいだ喋ると喉が枯れたり、大きな声を出すとすぐに咳込んだりするので
ハモり復帰にはもう少し時間が掛かりそうですが、早くユニット活動も再開したいです。
おととい、倒れて以来約ひと月ぶりに初めてスタインバーガーを弾きました。凄く下手になっていたんですが、
頬擦りしたくなるほど愛おしく感じて、5時間弾き倒してあげました。

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