思い立って実篤の叔父・勘解由小路資承（かでのこうじすけこと）が住んでいた「金田」に行ってきた。三浦半島の南端に近いところで、実篤の年譜にも登場する地名だ。 写真は別サイトに掲載したので、そちらも合わせてご覧いただきたい。
勘解由小路資承は実篤に影響を与えた人物で、トルストイもこの叔父のところで知った。資承は実篤が１０歳の頃、東京から金田に移り住み、半農生活に入った。実篤も２０歳ぐらいまで、毎夏金田へ遊びに来ている。泳いだり、サザエや海藻をとったりしていたそうだ（「或る男」３３章）。叔父の畑仕事を手伝ったことが、新しき村を始めるときに役に立ったという回想もある。そのため、金田がどんなところかずっと気になっていた。
資料不足で叔父が住んでいた具体的な住所はわからなかったが、全集第１巻の解説（京急久里浜から４つ目、三浦海岸の約2km南）とインターネットの情報をもとにプランを立てた。
京急線の赤い電車で品川を起ち、一路三浦海岸へ。昨日までとは打って変わって雲が多い。暑いのは御免だが、せっかく海に行くのだから照ってほしいとも思う。快特は途中駅を飛ばしてぐんぐん進んでいく。車中、持ってきた『或る男』（上巻）（旺文社文庫）でこれから行く金田のおさらい。３２章〜３４章、４７章、５７章あたりに出てくる。横須賀あたりからトンネルが多くなる。三浦海岸は終点三崎口の一つ手前。駅はゆったりとしていて、海水浴客が押し寄せても大丈夫なつくり。駅前には土産物屋や浮き輪やビーチサンダルを売る店もあり、海水浴場に来たなという感じがする。
駅前でちらし寿司を食べてから、バスで金田方面へ。平日の昼間は１時間に２本。バスは三浦海岸海水浴場に出てから右折。海の家と食堂・民宿の間を走って、海を左手に見ながら南へ進む。途中停車して後続車を二度ほど先にやり過ごした。
予定通り金田バス停は通過して、岩浦（いわぶ）まで。ゆっくり走って１５分。後ろの座席では男子高校生が二人、海の家のアルバイトの話をしている。そのうちの一人も岩浦で下車。左手が海、右手はすぐ山が迫ってきている。ミンミンゼミとツクツクボーシが鳴いている。午前中は曇りがちだったが、午後は夏の日差しが照りつける。トビが３〜４羽、漁港の上を飛んでいる。あまり上手くないウインドサーフィンのように、風をつかまえるのにちょっと苦労している。声の高低を使い分けて、ピーヒョローと山の方のトビと鳴き交わしているようだった。
漁港には何もなかったので、すぐそばの三浦義村の墓の方へ行ってみる。駅でもらった散歩マップでは、「福寿寺の裏山から見た景色が良い」とあったので、時計を見ながら（帰りのバスも１時間に２本）、福寿寺にも登る。木が茂っていて海の方はあまりよく見えなかったが、ずんずん歩くと驚いたトビが飛び立った。裏山の頂上には畑があって、実篤の叔父が海に入ったり畑を耕したりしていたことを思い出した。水はどうするのだろうと思ったが、広い畑がきれいに耕されていた。
三浦海岸に戻るバスから、再度金田バス停のあたりの海を見る。砂浜は小さいが、遊んでいる人もいる。岩場も少しあるようだ。実篤はこのあたりで泳いだのだろうか。
三浦海岸の手前でバスを降りる。このあたりは砂浜が広い。裸足になると白砂が焼けていて熱い。人の少ないところに座って、海を見る。平日とはいえ、カップルや家族連れが遊んでいるので、実篤みたいに海に向かって「おお波よ、海よ、空よ、ここに立つ一人の男を見よ」（「或る男」４７章）などとどなるわけにはいかない。お盆も過ぎたが、波は小さい。浮き輪で遊ぶ人、ボートに乗る親子、釣りをする人（大丈夫？）、いろんな人がいる。向こうにかすんで見えるのは房総半島か。左手奥には久里浜の火力発電所が見える。
海水浴場の脇を通って駅に戻る。調べておいた三浦市立図書館の南下浦分館に立ち寄る。郷土資料のコーナーを見るが、さすがに勘解由小路資承の名前は出てこない。実篤が昔来ていたことも知られていないようだ。三浦ゆかりの文学者と言えば、「城ヶ島の雨」の北原白秋だ。白秋は大正２年５月から翌年２月まで三崎に滞在したが、それは実篤が金田に来なくなってから１０年ほど経った後である。
帰途、京急久里浜で下車して、かのペリー提督を記念するペリー公園に立ち寄る。駅へ戻る途中、偶然横須賀市立南図書館に行き当たったので入ってみる。そこで小山文雄編著・藤沢市教育委員会発行の『個性きらめく−藤沢近代の文士たち−』（正続）という本を見つけた。志賀や実篤、岸田劉生や小泉鉄などについても書かれている。実篤の章と小泉の章をコピーさせてもらう。思わぬ拾い物をした。
私は小さい頃から山によく行っていたが、実篤は鎌倉や金田への避暑など、海の人だったようだ。実篤の縁にひっぱられて、もう少し海へ行ってみたいと思う。
（２００７年８月１７日）
写真はこちら。
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